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アタシのお父さんは事故で亡くなっているし、ママは、音信普通ということになっている。本当は雪女で、山にいるんだけど、おばあちゃんには内緒なのだ。
おばあちゃんはアタシが小さなときから、自分の子どものように育ててくれた。そんなこんなで、だから、とてもじゃないけど。おばあちゃんと離れ離れには生活できなかったの。
それに、二人の給料をあわせても、赤字になっちゃうのは、アタシが、やたら製菓用の材料を買ってしまうからだ。
ネットをみていて、これ、安いなと思うと、たとえロット数が多くても買ってしまう。小麦粉やバター、ドライフルーツ、たくさんの種類のチョコレート。本物のヴァニラビーンズも。それから、クリームチーズ。
だから、調理場兼倉庫兼、アタシたちの寝床のある離れはいつも、甘い香りでいっぱいだった。
当然、ふたりの関係だって甘くなるはずなのだ。
え? 製菓材料のこと?
賢人はそれでもいいと言っていたのだ。だけど、夜、ごはんのおかずにタルト台の失敗作を出したのは、さすがに嫌だったらしい。
「小雪ちゃん、これってせんべい汁のつもり?」
ちなみにせんべい汁は青森県の郷土料理だ。
「そういうわけでないんだけど。タルトの台だけいっぱい作ったから」
「でもさ、これ、みそ汁にいれたら溶けちゃうし」
「あ、ごめん。こっちのタルトは無視していいから。おばあちゃんのつくった煮物を食べてね」
おばあちゃんは見るに見かねて、自分の部屋に戻っていく。おばあちゃんはわかってくれているのだろう。若い人たちのことはかまわないほうがいいことを。
それとも呆れているのかも。
アタシがそういって、タルト台をしまおうとすると、賢人ははあってため息をついた
「カネゴン、ため息ついたね」耳ざといアタシが咎めると
「あ わかった? ごめん」とぼそっという。
「ごめん、て。だって約束したじゃん? アタシの失敗作を食卓に並べてもいい? ってきいたら、『いいよ』って。だから」
「うん、まさかね、あの時は、こうなるとは思わなかったから」
「え? だっって、白いご飯におばあちゃんがつくった魚の煮つけにお浸しに、煮物でしょ。それにデザートがタルトの台だけ。変でないと思うけど」
「そうかなあ。もちろん、おかずが魚のムニエルとかだったら、パイ皮で包んでさ、おいしいと思うけど。それにさあ、タルト台、もう一週間ずっとでしょ」
「は?」
「一週間毎日、デザートと称するタルト台ばかりだよ。タルトの外側だけ。さすがにぼくだって」
アタシはさらにかちんときた。
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