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「さすがってさ、そう言うけど、このタルト台だって、毎日変化しているんだよ?」
材料も焼き方も工夫しているんだよ。
「そうなの? そうだとしてもさ」
カネゴンはそういうと、少し情けなさそうに言った。
「一番大変なのは小雪ちゃんでしょ。夜オーブン運転するから、暑いでしょう。寝室は作業所じゃなかった調理場の上だから、余熱が上にあがって、夕べも寝苦しそうだったじゃない」
アタシは雪女なので暑いのは苦手だった。
「エ、エアコンがあるから」
「そうかなあ、そもそも、自宅にあんな強力な業務用のオーブンが必要だったの? そのお金があれば軽の中古なら一台は買えるよ!」
賢人はすぐに車の値段で比較するのだ、軽自動車とか、業務用バンとかなんちゃら、かんちゃら。
「え、だって強力でないと、すぐ弱まるから」
そうなのだ。アタシの身体からは冷気がでているらしく、生半可な機械は負けてしまう。
たしかに練習用にしては高価なオーブンだった。初めてもらった給料を頭金にして、それを買った時は、高揚感しかなかったけど、その後少し大きすぎたかなあ、と反省はしているど、スバラシイパワーなのだ。その分機械が冷めるまで、熱気が上昇して、眠りを妨げていたのは、アタシもわかっていたのだ。でも、さ。こんな風に決めつけなくても……って思ってしまう。少し泣きたくなる。
「カネゴン、この頃意地悪だよね」
「そう? 一人前の社会人に常識を説いているだけだけど」
あたしは自分のお茶碗を流しに運ぶ。水をザアアと流した。
「カネゴンだって、さ」アタシはそう言って振り返った。
「なに?」
カネゴンはごはんに魚の煮汁をかけていた。ねこまんまみたいだけど、こういうのが好きなんだって。
「なんでもない」唇をかんだ。
それに、カネゴンはこの頃、ちっとも、可愛いねとかいってくれないし、キスもしてくれない。もうおじさんだから、そういうHなことはしたくないのかな、とか思いつつ、ママの言葉を思いだす。
「はやく子どもを作ってママを安心させて」と。
ママの言っていることわかるけど、当事者はそれどころでないんだよ?
「でも、ママ」
あたしは、遠くの山に話しかけた。
「子どもができたら、お菓子作りと両立できるかしら?」
いまだって、炊事も洗濯も掃除もおばあちゃんにまかせっぱなしだ。お店とスウィーツの練習で家事なんて無理だし。
こんなヘタレなのに、赤ちゃんのお世話なんてできるのかな。
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