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カネゴンはお風呂に入ったあと、先に夫婦の住まいの離れに戻った。アタシはお風呂はめったに入らない。でもおばあちゃんに怒られるので、台所の後始末をして、カネゴンのあとにそっと冷たいシャワーを3分だけ浴びる。
アタシが離れの引き戸を開けると、ぴこーん、ぴゅるぴゅるという音が聞こえる。
寝室はロフトにあり、はしごのように急な階段をあがっていくとカネゴンはふとんの上に腹ばいになってゲームをしている。「ああ、たしかに暑いな」とあたしは思った。
ふきぬけの上階にある寝室にどうしても熱気が上がってしまう構造になっていた。
「それにもうすぐ夏だ」
そのことを考えるとあたしは憂鬱になる。夏なんて来なければいいのに。
それに、それに、それに明日からは、ああ悲しいことに
アタシが布団に横になると
「小雪ちゃん、明日から社内旅行だから」とカネゴンがダメ押しのように言った。
「うん。そうだね」
アタシは自分のふとんに寝るとタオルケットをかけた。
カネゴンは明日から、社内旅行で沖縄に行くのだ。それも2泊3日! あたしは沖縄は行ったことない。暑い、と聞いただけで体が溶けそうになるし。
でも、透き通るような青い海は見たいなあ、と思う。エメラルド色の海が冷めたかったら入りたいと思う。でも実際はあったかいらしいし、な。
「いない間、一人でも平気?」と、ゲームをやめてこっちを見ている。
「大丈夫」
手をのばしてリモコンで冷房を18度のマックスに設定した。
カネゴンは冬用の厚い生地のパジャマを着ている。それに羽毛のかけぶんとんと毛布を出してきた。アタシと同じ部屋で眠るにはそういう装備が必要なんだって。
「くれぐれも、お菓子づくりはほどほどにね」
うん、と、声なく布団に潜り込む、また、涙が出てきた。
カネゴンがいないのは初めてではないのに、なんでこんなに悲しいのだろう?
いなくて寂しいよって口に出せたらいいのに。
鼻をすすっていると、
「あれ、おかしいな、20度に設定する? 寒すぎ?」
カネゴンは鈍感だ。
ばーか、ばかばか。
どうせ、真理恵ちゃんと海で遊ぶんだりするんだろう、と一緒に行くだろうバツイチの女性社員に妬いてしまう。
「カネゴン、おみやげ、買ってきてね」
「そーだね。何がいい? 泡盛は? 焼酎をつかったスイーツとかできそうだよ?」
カネゴンはライトを消した。
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