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問題になるのは、やはりタルトの生地なのだ。
それとも、賢人の社内旅行のほうだろうか。
アタシは小雪。М市にある洋菓子店モンブランで働きはじめて、3か月になった。今年の3月に中学を卒業して、ちょっこし小さい声でいうと一年留年しているので、十六歳の乙女だ。
でも結婚している。れっきとした人妻なんだ。へへへ。
旦那さんは、金子賢人といって、アタシより22歳も年上なのだ。アタシたちは仲がいい、そう思っていた。ラブラブだって。愛に年の差なんて関係ないって、ずっと思っていた。
でもそれは朝まで。
今日の夜喧嘩をしてしまったのだ。
原因は、そう、アタシがあんまりにも仕事に夢中で、四六時中、スウィーツのことばかり考えているから。
だって、仕事はすごっく楽しい。この頃、店長の小暮さんは、雑用だけでなく、もう少し専門的な技術のいることを任せてくれるようになった。
少しずつだけど、アタシだって進歩しているわけだ。
たとえばカスタードクリーム。これは、簡単そうだけど、本当に難しいのだ。
卵の味が出しゃばらないで、ヴァニラが品よく香る、まったりとしたクリームを作るには、苦労するのだ。夕食の時にそんなことを考えていて、上の空で賢人のご飯をよそうのを忘れていたら、おばあちゃんに叱られた。
「小雪、賢人さんのお茶碗が空っぽじゃないの。早くよそってあげなさい」
私たち夫婦は、おばあちゃんの家に同居している。
理由は、アタシが雪女で、日常的な家事についてあんまり出来ないことが多いから、がびーん。ちょっと情けない。
もう一つは、経済的な理由で、となっている。
賢人は中古車屋さんで販売兼修理係主任として、それなりに給料をもらっているんだけど、ね。
うちのおばあちゃんが、一人で暮らすのは心配だし、賢人もアタシも、結婚後の住まいは自然の成り行きで、生まれ育った家になり、同居することになった。賢人は一人っ子だから、そんな事情もあってむこうの両親に金銭的な援助を少しだけしている。
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