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マコトから、返答は無かった。
ただ首を一度横に振るのみで、マコトはベッドに横になったまま、ただ涙を流し続けた。
「こんなつもりじゃなかったんだ……」
僕は再び、涙を流し続けるマコトを見据えて言った。
しかし、その僕の言葉は高層階のホテルの一室で虚しく響くのみであった。
何を言っても、言い訳にしかならなかった。
あれ程、僕はマコトとは身体を交わらせず、友人としての関係を保っていく、と自分に言い聞かせていたハズだ。
しかし、現実には僕はマコトと寝てしまい、目の前には原因不明の涙を流し続けているマコトが横たわっていた。
マコトのこの涙は、何がもたらしたモノなのか。
当時の僕は、その原因が分からなかった。
まだ、マコトの周囲を取り巻く環境を何一つとして把握していなかった当時の僕には、その涙の原因は
「もしかしてマコトは、僕とした事が原因で涙を流しているのでは」
と思い込み、自己嫌悪に陥るしかなかった。
しかし、今ならマコトがこの時流していた涙の原因が幾分かではあるが分かる。
この時のマコトは、僕との行為が原因で泣いていた訳ではない。
僕が逃げるように「寝る」と言った事が、移動中の新幹線からやり取りをする事で傷ついていたマコトの心をさらに傷つけ、それが原因でマコトは泣いていたのだ。
傷ついた彼女の心は、「癒し」を求めていた。
この日のセックスは、その「癒し」に対する彼女なりの代償だ。
が、僕は「癒し」という彼女のその求めに応える事が出来ず、ただ欲望のみで彼女と繋がってしまった。
そして、この日を境として、僕とマコトの関係はすっかりと様変わりしてしまった。
マコトと行為に及んでしまえば、今まで二人で育んできていた「友人関係」が崩壊するのでは、と僕はどこか予感めいた危惧を抱いていた。
その僕の危惧が、この時から悲しくも現実のモノとなってしまった。
共に力尽きるように眠りに落ち、迎えた夏フェス本番。
マコトは前日まで見せていた天真爛漫な素振りをすっかりと無くし、何かしら言葉を振っても生返事を返すのみとなった。
その様子が続いていては夏フェス自体も楽しめるモノでもなく、亡霊でも見るかのような目でステージ上の米倉翔吾を見つめるマコトのその様に、以前のマコトの姿はなかった。
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