●イッサイガッサイ

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ソーニャは、先述したマルメラードフの娘なのだが、ろくに働きもせず飲んだくれの父親に代わって、自らの身体を売る事で家計を支えている。 その、献身的で純粋なソーニャの振る舞いは、主人公であるラスコーリニコフの頑なな心を徐々に解いていくのだが、その過程がまた面白い。 身体を売る、という行為が正しいのかどうか、僕には分からない。 が、貧しく幼いソーニャが甲斐性なしの父親に代わって家計を支えるには、身体を売るという選択肢しか無かったのであろう。 現代の日本においても、こういう境遇の少女は、少なからずいる。 安直にモラルだけを問う人間は、彼女達のそういう行為を非難するが、働こうにも未成年であるが故、収入が限られている。 明日、食べる物に困る程生活が困窮して、やむ無く身体を売っている少女をもし僕が実際に見たとすれば、僕はその少女を軽々しく非難する事が出来るであろうか。 物思いにふける事で、すっかりと読書を忘れていた僕は我に返ると、開いたままの文庫本に視線を戻し、読書を再開する。 訳本の欠点は、無理に日本語に翻訳している為、テンポが悪い事だ。 その為、普通の小説より読むのに時間がかかり、当時の慣習などを理解していなければ、先に進めないという事が多々ある。 が、訳者の翻訳のセンスと、ドストエフスキーの紡ぎ出す人間ドラマが絶妙なのか。 読むスピードこそ時間がかかっているものの、僕はすっかりと「罪と罰」の虜となっていた。 ふと顔を上げ、隣に座っているマコトに目をやると、マコトは窓に頭をもたれかけたまま、目を閉じていた。 ──こうやって寝る事で、昨日あったイッサイガッサイを全部忘れて、元のマコトに戻ってくれたらいいんだけどな。 消沈しきっていたのが嘘であるかのように、疲れきって寝ているマコトの寝顔を見ながら僕は思うと、視線を再び文庫本に戻し、「罪と罰」の続きを読んでいった。
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