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マコトは、僕のその呟きに反応をしなかった。
「ご注文の方を繰り返させていただきます」
ただ機械的に、店員然といった態度をマコトは続けた後、再びカウンター内へと引っ込んでしまった。
「どうしたんだよ、お前」
信也が眉を寄せながら、僕に尋ねてくる。
「あっ、いや……」
僕はごまかすように苦笑いを浮かばせると、続けて言葉を述べた。
「ちょっと、混乱しただけなんだ。
気にしないでくれ」
言い終えた僕は、額にかいた生ぬるい汗をオジサンのようにおしぼりで拭った。
「そういや、マコトちゃんって何してるんだろなぁ」
ここで、合コンでマコトと顔を合わせた事がある森が僕の独り言を拾い上げ、会話を切り出していく。
「昔、有岡が仕切った合コンがあったじゃん。
で、そこに来ていた女の子、全員ダイキチで、俺とかブチさん変に興奮したの覚えてるよぉ。
結局、俺らは何にも無かったけど、広田だけはちゃっかりマコトって女の子と付き合ったりしてよぉ」
「お前、結構深くまで覚えてるな。
俺、もう有岡と合コンに行った、って事くらいしか思い出せないよ」
そして、同じく合コンに行った田渕も言葉を挟んでくる。
どうやら森と田渕の二人は、一度だけ合コンで見ただけのマコトの顔を覚えていないようであった。
「生ビールです」
その時、マコトが生ビールを僕らのテーブルに持ってくる。
「じゃあ、まずは久しぶりの再会に改めて乾杯しようじゃねーか!
男30歳、これからますますオッサンになっていくけど、気持ちだけは18歳って感じで、乾杯っ!」
信也はジョッキをマコトから受け取ると、結婚式で初老のオジサンが見せた乾杯の音頭とはまた違う、荒々しい乾杯の音頭を見せた。
「カンパイー!」
僕は一旦マコトの事は頭から切り離すと、目の前の仲間との再会を楽しむ事のみにただ意識を集中した。
しかし、僕らの仲睦まじい様がマコトの興味をひいたのか、それとも僕との思わぬ再会を嬉しく思ったのか、マコトは口元を曲げると、不意に僕に視線を送った。
が、僕とマコトが心を通わせたのはこの一瞬のみであった。
マコトはすぐに視線を外すと、カウンター内へと引っ込み、その後も店員然とした態度を続け、僕に客と店員以上の特別な感情を見せる事はなかった。
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