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「これ、十分店の目玉になる!
もっと、PRしていこうよ!
凄いしらすかけご飯がある、って感じでよ!」
興奮が冷めやらない僕は、ビールの入ったグラスを握りしめたまま、カウンター内のマコトに対してまくし立てた。
「しらすも醤油に浸かってるから、白じゃなくカラフルだしよ!
卵の黄身とか盛られたしらすとか、インスタ映えもしそうだし、もっとアピールしていこうぜ、これ!」
「うーん、ホントに経営状態が苦しくなったら、アピールさせてもらおうかな。
今は、そこまで切羽詰まってるって訳じゃないし」
興奮しきっている僕とは対照的に、マコトは口角を上げたまま、淡々と言葉を返す。
「これ、いくらで売ってるんだっけ?」
「500円」
「安いよ、もうちょっと値段上げてもいいんじゃね?」
「いや、これだけは私。
採算とか無視して、ワンコインで出すメニューにしたいの」
マコトは、その顔から先程まで浮かばせていた笑みを消すと、真摯な眼差しを僕に向けながら語っていった。
「実は言うと、このお店。
たまにだけど、家出した女の子とか、家出までいってないけど、虐待とか家庭に問題がある女の子が来るのね。
どっかで話が広がったんだろうけど、それこそ昔の私とか、りんちゃんみたいな子がさ。
そういう子達の為に私、少しでも安い値段でこのしらすかけご飯を出したい訳。
毎日食べるご飯に困ってる子に、少しでもお腹いっぱいになってもらいたいって思いで。
だから私、ワンコインは譲りたくないの。
もちろん、こんな事をしてるからといって、過去に私がりんちゃん達にやった事の罪滅ぼしになるって訳じゃないんだけどね」
言い終えたマコトは、ごまかすように自嘲気味に笑うと
「ビールか食べ物、何か追加いる?」
と、僕に訊いてきた。
「いや、もう大丈夫。
今日は、この瓶ビール空けたら帰るよ」
僕は断りを入れると、ビールを飲み切り、空いたグラスに手酌でビールを注いだ。
その後、ようやく僕以外の客が店に入ってきた。
サングラスに金髪と若作りをしているが、おそらく40代であろうと思われる男性客。
会話のやり取りや、雰囲気から察するにどうやら常連客のようであった。
他の客が来た事により、マコトを独り占め出来なくなった僕は、ポテトサラダをアテに手酌でビールを飲み続け
「今日は楽しかったよ、また来るよ」
とマコトに言うと、勘定を済ませ店を後にした。
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