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「一度、活動休止とかしたけど、米倉翔吾クラスになるとみんな確実に何かしら曲を聴いた事があるからな。
やっぱ、タイアップのオファーとか殺到してんじゃないの」
僕はマコトの髪を撫でながら、言葉を返した。
僕とマコトをSNS上で引き合わせ、今や国民的アーティストと形容しても差し支えなくなった米倉翔吾は、売れ続ける事に疲弊したのか、メジャーデビューから5年が経った頃に、突如活動休止を発表した。
が、完全に活動を休止した訳でもなく、気分転換といった感じでデビュー前にボカロPとして活動していた「こめ」名義で新曲をいくつか発表すると、米倉翔吾は再び僕らファンの前に姿を現した。
「こめ」名義で、自由に創作活動をした事が、心身共にリフレッシュとなったのか。
2年の時を経て復活した米倉翔吾は、活動休止前よりエネルギッシュであり、以前は控え目であったテレビ出演もアルバムのプロモーションと前置きしているものの、何度か出るまでになっていた。
「今度の米倉翔吾のツアー。
ホールツアーらしいけど、チケット取れたら二人で行かないか?」
僕は、腕枕をしているマコトに目を向け、尋ねる。
「行きたいけど、チケット当たったらお店、閉めなきゃいけないね」
僕の言葉にマコトは、ふふ、と笑う。
「閉めればいいじゃん、1日くらい」
「えー、どうしようかな?
理由も無くお店閉めると、せっかく出来てきた常連さんが離れていきそうで、ちょっと怖い」
「前もって告知しておこうぜ。
チケットが当たったらお店を1日だけ閉めます、ってよ」
「たとえ1日でも、休んだら常連さんがどう思うかな……」
マコトは難色をしめすと、何かを思い出したのか、黒目をキラキラと輝かせながら僕に言った。
「そういえばさ、昔。
タクヤと一緒に私、ライブに行ったり、静岡まで米倉さん目当てに夏フェス行ったりしてたね。
あれ、何年前だろ。懐かしい……」
「あっ、夏フェスといえば思い出したけど、その時に俺。
ホテル代とか、お金いくらか借りてたじゃん。
あれ、ホントに返さなくていいの?」
マコトの店に通いつめるようになってから、僕はその事を何回かマコトに切り出したのだが、マコトは頑として僕からお金を受け取ろうとはしなかった。
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