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幸運というべきか、僕ら二人が乗り込む事となったシャトルバスは、観光バスタイプであった。
その後ろに来ていたシャトルバスは、座席が埋まると立ったままの乗車を余儀なくされる路線バスタイプであり、僕ら二人はその僥倖に胸を撫で下ろしながら、冷房の効いた観光バスへと乗り込んだ。
「っていうか、タクヤ。アレ、よくない?
行列並んでる時からずっと気になってたんだけど、首からかける扇風機のヤツ」
座席に腰掛け一息つくと、マコトが後から乗り込んでくるフェス参加者を一瞥し、僕に言う。
「確かに」
「東急ハンズとかで売ってるのかな、アレ。
あと、帽子も持ってくれば良かったよね。
シャトルバスの行列に並んでる間、日差しがとんでもなく強かったから結構、頭、クラクラするんだけど」
「それは、確かに言えてるよな。
ちょっと舐めてた。この暑さはとんでもねぇ」
熱気と、汗をかいた事により起こった軽い脱水症状によって、いささか頭がクラクラしていた僕は、持ってきたペットボトルの麦茶を飲む事で体力回復につとめた。
バスが発車した。
駅前の乱立したホテルの間をすり抜け、住宅街を走った後、僕らの目に飛び込んできたのは緑一色の茶畑であった。
──静岡に来たんだな。
窓の向こうに青々と奥まで伸びて広がるその茶畑は、僕やマコトを含むフェス参加者に、静岡に来た事を実感させるのに余りあるモノであった。
つま恋の駐車場でバスが止まると、僕らフェス参加者は会場の多目的広場へと向かう為、再び行列へと並んだ。
その行列の周りには、コンサートが行われると大抵目にする「チケット、譲ってください」というお願い事を書いた人が、何人か立っていた。
「チケット無しで静岡まで来るとか、ある意味勇気あるよね……」
日差しを少しでも軽減させる為、米倉翔吾のグッズのマフラータオルを頭にかけながらマコトが言う。
そして、行列の進み具合から好機と思ったのか、マコトはリュックサックとは別に肩にかけていたPORTERのバッグから日焼け止めを取り出すと、それを素早く両腕や首周りに練り込んでいった。
「タクヤも塗る?
この調子じゃ、多分ハンバーグみたいにこんがり焼けちゃうよ」
「いや、いいよ。
俺、ただでさえ陰キャで色白だから、これを機にちょっと焼くよ」
「そう」
マコトはあっさり引き下がると、今度は顔に日焼け止めを素早く塗り込んでいく。
その傍らでは、コチラもコンサートが行われるとほぼ確実に目にするダミ声のオジサン達が、「チケットあるよぉ!」と威圧するような口調で、僕らを含んだ行列に対して連呼していた。
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