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●イッサイガッサイ
「良かったよな、米倉さん」
新幹線の終電の関係上、閉演前に夏フェス会場を後にし、掛川駅へと向かうシャトルバスに乗っている時。
昨日の交接以降、僕ら二人の間に漂っている奇妙な空気を払拭したいと思った僕は、取り敢えず思い付いた事をマコトに対して振っていった。
「俺の言った通り、米倉さん。
サプライズでニューアルバムに収録される予定の新曲を歌ってくれたし、やっぱCDで聴くのとステージで聴くのは、断然違うよな。
ファンとの一体感を感じる、っていうかよ」
マコトは「そうだね」と手短に返すのみで、あまり興が乗っていないという様子であった。
「ニューアルバムも、楽しみだよな」
元のマコトが帰って来て欲しいと願う僕は、さらにマコトに対して言葉をまくし立てる。
「そのアルバムのドームツアーも秋からあるし、『米倉×菅』のユニットのアルバムも出す、ってステージ上で発表しちまうし、一体この人。
どんだけ才能に溢れてるんだよ、って驚いちまったよ。
秋のドームツアーまでにまた、お金貯めておかなきゃだよな」
「……だね」
マコトは、窓の外に流れている夜の掛川の住宅街の様を、頬杖をつきながらボンヤリと眺めるのみであった。
「あっ、ホテル代はいつか返すから」
僕はマコトの肩に手を置き、強引にコチラの方を振り向いてもらおうと仕向けていく。
「結構な金額、出してもらったしよ。
マコトの方も今後の生活、苦しくなってくるんじゃねえのか?
俺もそんなお金に余裕は無いけど、分割でも何でも金は絶対に返すよ。
銀行の口座番号、教えてもらえればそこに振り込んでおくし」
「どっちでもいいよ、別に」
マコトは頬杖をつきながら、投げ遣りに返すと、肩に置かれた僕の手を引き剥がす。
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