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「ねぇ、クラゲって漢字でどう書くか知ってる?」
「う~ん、わからない」
「海月って書くんだよ。とっても綺麗だよね」
そう言って微笑みかける。鈴花は黄色の傘を差している。
もっと綺麗なものに気付いてしまった、佳哉は青色の傘を差している。
「そろそろ帰ろっか」
「うん」
二人はおよそ傘の直径分離れて、横並びで他愛もない話をしながら同じ方向の家へ帰る。擦れ違う人々の仰天の顔にはもう見慣れてしまった。
「何故傘を差しているの?」
通りすがった犬を連れたおばちゃんが話しかける。二人は揃ってビクッとして、揃っておばちゃんの方を向いた。
「雨が、降っているからです」
鈴花は酷く声を張ってそう言った。すると予想に反しておばちゃんは笑い出して、「変わった子ね~」と言って去って行った。鈴花は泣き出して、佳哉は怒った。パグを連れたおばちゃんの顔がパグにしか見えなくなった。
「皆、なんで気付かないのかな」
鈴花は腫らしたした目をギョロッと向けて、正しいことを言った。
「大人になったら忘れちゃうんだ」
それはご尤もだ。でも、周りの友達もすでに忘れている。
「鈴花ちゃん、僕らだけは、いつまでも忘れないでいようね」
「わかった。ずーーーーと忘れない」
二つの影はまた、傘の直径だけ離れて、それでも二人寄り添うようにして歩き始めた。
鈴花の家の前まで着くと、いつも通り「バイバイ」を言って別れ、佳哉は残り数十メートルの寂しい道のりをトボトボ。大きな扉を開けて「ただいま~」と言うといつもと寸分違わぬ「おかえり~」が返ってきて、傘をたたんで手を洗ってリビングの食卓へ直行する。
「また今日も傘を差して学校に行ってたの?こんなに晴れた日に」
「うん、そうだよ」
「変わった子ね。学校はどうだった?」
「普通」
これは鈴花と佳哉が小学校四年生の頃の話だ。そしてこの頃、二人とも「変わった子」と言われるのがこれ以上になく嫌いになった。
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