寂時雨

3/9
前へ
/9ページ
次へ
 中学三年生になった。十五歳。小学校からそのまま進学した中学校で、小学校より少し離れた場所にある。しかし、そんなことは二人には関係などなく、相も変わらず鈴花と佳哉は二人で、傘を差しながら学校へ通っていた。学年随一の変わり者カップルとして、嘲笑の的になっていたが、そもそも二人は付き合っていなかったし、変わり者は他に多くいた。  随分と大きくなった傘の直径分だけ離れて、二人は横並びで中学校へ向かう。前より遠くまで見えるようになったが、その分開いた二人の距離を、互いに言わずもがな感じていた。でも決して忘れないようにしていた。  空は晴れ。傘の下で二人は確実にそれを感じている。靴箱に着くと同時に傘を畳み、何人かがそれを凝視し、靴を履き替えてそれぞれのクラスに向かう。 「鈴花、それじゃ後で。昼にいつもの場所で」 「わかった。ちゃんと勉強するんだよ」  傘は傘立てに置かずに教室まで持っていく。これは傘を盗まれて息ができなくなるのを防ぐための、二人で編み出した防衛策だ。晴れた日でも、傘は盗まれる。  昼になると、佳哉は四階の音楽室の横の廊下に向かった。その廊下の端には、屋上へ繋がる途中までの短い階段があり、昼はそこで鈴花と落ち合うのが日課となっている。早めに来たつもりが、鈴花はすでにそこにいた。 「遅かったね」 「鈴花が早すぎるんだよ」  鈴花は短い階段から立ち上がり、窓の方へ寄ると勢いよく窓を開け放ち、腕をクロスさせて寄りかかり顎を乗せた。佳哉も真似をし、せわしなく給食の準備やらをしているクラスを眺める。 「給食って、我慢ならないよね」鈴花は微塵も目を離さず言う。 「早く高校生になりたいよな」佳哉は鈴花の方を見て言う。 「そうかな。私はむしろ戻りたいけど」 「戻りたいって何に?」 「まだ何も忘れてなくて、全部覚えてる頃かな」 「それっていつぐらいだろ?俺はまだ忘れてない、これからも忘れない気でいるんだけど・・・・・・」 「わからないけど、私たちはきっと、それを覚えてないといけなかったの」 「そうか。失ったことすら忘れてるかもしれないのか」  しばらくの沈黙の後、鈴花は切り出した。 「ねぇ佳哉、高校どこに行くの?」 「まだ決めてないんだよな」 「そうなんだ。私は八ノ瀬高校に行こうと思ってるの」 「確かに、八高だったら俺たちの家から一番近いし、それもいいな」 「てっきり、佳哉も目指すのかと思ってた」 「正直高校のことなんて全然考えてなかったからな~。考えてみるよ」 「ほら、傘を差して行けるでしょ。今までと同じように」 「言われてみればそうだ。他の学校だと自転車通学になっちゃうか」 「そうだよ・・・・・・」 「まぁ、考えて見るよ。そろそろ教室に戻ろう。また放課後、ここで待ち合わせよう」
/9ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加