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受験の一年だけは時の流れが速く、鈴花と佳哉が付き合い始めて約半年後、二人は八ノ瀬高校を受験した。二人の家から最も近いが、県内でもトップクラスの難関公立である。学力的には鈴花の方がかなり優れていたので、佳哉はその恩恵に存分に預かっていた。しかしながらその合否結果は、必要不可欠な運命共同体を引きはがしてしまった。鈴花は八高に受かり、佳哉は落ちて、滑り止めの私立に行くことになってしまったのだ。鈴花は佳哉と傘を差して学校へ行くことしか考えていなかったので、私立などは受けていなかった。事実上、離ればなれになってしまう。それでも付き合っている状態は引き続けながら、休みの日などは傘を差して二人で出かけていた。
ある週末、最寄り駅前のカフェで二人は、いつものように他愛もない話を交わしていたが、幼馴染み、二人っきりで育った中学生までのようには、上手くいかない違和感を互いに感じていた。
「鈴花、最近何してるの?」
「何も」
「そっか。俺は部活初めたけど、上手くいかなくて」
「そうなんだ」
「鈴花は部活入ってないんだっけ?」
「うん。少しだけ体験入部してみたけど、どれも退屈だったわ」
「そう言えば、まだ傘差して学校に行ってるの?」
間を持たすために放った佳哉のこの台詞は、二人の間にあった目に見えぬ強力な磁力を、一気に解くような作用を持っていた。
「え、そうだけど」
「やっぱそうなんだ」
「ねぇ佳哉、あなた大人になっちゃったの?」
「なんでそんなこと言うんだよ。まだ何も忘れてないよ」
「私とセックスしたから?高校別々になっちゃったから?傘を差さずに浴びちゃったから?」
「鈴花、落ち着けって」
「世界から私を守ってくれるって言ったじゃない・・・・・・」
「あぁ、守るさ。ずっと守って来たじゃないか」
「私もう高校に行きたくないの。誰も守ってくれないの。傘も受け止め切れないんだよ」
「鈴花、いじめられたりしてるのか?」
鈴花は答えなかった。ただ一筋の雨の軌跡を、佳哉は彼女の目の下に認めた。いつかのように、ぎゅっと抱きしめて温めてあげようと、席を立って隣に座り、寄り添うようにして鈴花を包み込んだ。
空っぽだった。
蝉の抜け殻が、少年の足の裏でパシャリと潰されて、バラバラになる音がした。その少年は、無邪気でまだ全てを覚えていた佳哉自身なのかもしれない。もしくは、全てを忘れてしまった後の彼だろうか。
佳哉は必死で拾い集めた。周りの客の目なんか気にせずに、地べたを這いずり回って、絶対に完全再現できない立体パズルのピースを、これでもかと素手で掻き集めた。
足りない。
「もう、いいよ。私は嬉しかった。佳哉がそうしてくれて」
彼女は泣きながら笑った。中学生の頃から傘の色は佳哉が黒、鈴花は白がお決まりだった。その日は何故か、互いに動転していたのだろう、佳哉が白、鈴花が黒の傘をそれぞれ差して帰った。
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