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学ランに着替えて、いやいや降りていくと、出来たてホヤホヤの和定食がテーブルに並んでいた。保も役場で公務員として働いてるのに、朝ご飯は欠かさず作ってくれるのだ。
「今日の味噌汁はシジミだからな。滋味がしみだし地味に美味いぞ。このキュウリの糠漬けはお隣の飛鳥さんが届けてくれたから、会ったらお礼を言っておけよー」
飛鳥さん、という言葉に、琉汰は条件反射的に眉間にしわを寄せてしまう。目の前の熊男は、そんなことにも気付かず、うれしそうに笑っているが。
「滋味がしみだし地味にうまいって、シャレ?」
畳に膝をつきテーブルにつきながら、軽くため息をつく。目の前で炊きたてホカホカのご飯をよそいながら、保は大口を開けてガハハと笑った。
「バレたか。面白かったか?」
「……それより醒ヶ井さん、今日早く出勤しなきゃいけないんじゃないの?」
キュウリの漬物を箸ではじきながら目も合わさずに言ってやる。
「あー! しまったぁー!!」
家中に響くバカでかい声をあげて、保は立ち上がるとあわてて部屋を飛び出した。
仏壇の置いてある部屋を通り抜け、一番奥の部屋で紺色のスーツに着替えて戻ってきた保は、黒縁の眼鏡のせいか、別人みたいにみえた。
「じゃあ、行ってくるから。戸締りは忘れずにな。夕飯はハンバーグでいいかな?」
「夕飯、今日いらないっつってたじゃん」
「え。なんで?」
「……つきあいだよ。俺だって、友だちくらいはいるし」
「あ、そーか。そりゃそうだな。それじゃ」
ごそごそと財布から金を出そうとする保を、思わず睨みつけていた。
「そーゆーことしなくていいから!」
遠慮ではなく、拒絶だった。大声になりすぎて、自分でも内心引いた。だが保はさすがに大人だった。大人びたしぐさで幅広の肩をすくめると、「わるかった」とちいさく呟いた。
「そうだな、琉汰もバイトしているもんな。余計なことした。じゃあいってくるから。気をつけて」
軽自動車の鍵を手に、それだけ言って外に出て行く。玄関の引き戸を閉める音が、琉汰の胸にやけに大きく響いた。
『琉ちゃんは、ちょっと短気なところをなおした方がいいよ。本当は優しいのに、誤解されちゃうよ?』
おとなしいけど、面と向かってそういうことも言ってくれた姉の言葉を、うるさいなと頭の中で押しのけた。
(あのひとが悪い人じゃないってのは、俺だってわかってるよ)
ただどれだけいい人でも、あくまで他人だ。姉にとっては愛する人だったかもしれないが、自分にとってはぽっとでの男で、しかも姉が生きていた2ヶ月間は、姉を取られたという恨みもあって、ほとんど口もきいてこなかった、そんな男とこれから先もずっとここで暮らすなんておかしくないか?
もちろんあの男が、義兄としての責任をはたそうとしているのはわかっている。
それでも、姉や世間に対する責任感だけでここにいられるのを、鬱陶しく思う自分もいる。
(そんなにいい義兄だと思われたいのか?)
姉の形見になってしまったピンクの軽自動車のエンジン音が聞こえる。保は自分の車を処分し、姉のを残した。でかい男が乗るには小さすぎるし、ファンシーすぎるのにそうしてしまった。
いつものエンジン音に突如、甲高い女の声が混ざった。琉汰の苦悩をあらわす眉間のしわがますます濃くなる。隣家に住む、姉の幼なじみ、飛鳥の声だ。
おとなしい姉と違って、男をとっかえひっかえしていた彼女が、琉汰は昔からあまり好きではなかった。その飛鳥が、最近やたらと保に接触してくるようになったのだ。いくら田舎で、他に若い男が数えるほどしかいないからってそれはないだろう、琉汰でさえそう思うのに。
「よかったら乗っていきますか? 雪だし、駅まで歩くの大変でしょう?」
飛鳥の狙いも知らず、呑気でお人好しな保をいっそ殺したくなった。
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