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「なぁ、ヨシよ。お前さ、気づいてるか?」
こつんと真正面から眉間をつつかれた。
「お前、最近、めちゃくちゃ怖いぞ。顔が。クラスの女子、怯えてんぞ。気をつけろよな」
「……うるせぇな」
クラスメイトの滝倫太郎とふたりで、学校近くのラーメン屋に来ていた。遅くまで教室で時間をつぶしてから来たから、同じ学校の生徒は誰もいない。くたびれた労働者たちの多い店内の、二人がけのテーブル席で、向かい合って大盛りチャーシュー麺をすすっていた。
「別に、女に好かれようなんて、思ってねーし」
「はぁ? お前、余裕だな? これだから顔のキレーな男はなぁ」
「それもう一回言ったら殺すからな」
睨むと滝はおどけて肩をすくめてみせた。
せっかく身長は175センチあるのに、へたをしたら女子にも「綺麗」と言われる女顔が嫌いで、わざとがさつに振る舞うようになった。だからラーメンも店内の誰よりも大きな音をたてすすっている。
「いいじゃねーか、最近はお前みたいなスタイルもよくて、顔も綺麗な奴がもてる時代だろ? あー、うらやましいねぇ。俺も頭悪くてもいいからそういう顔に生まれたかった」
「学年トップのくせにイヤミだろ。隣の学校に美人の彼女もいるくせにそれか?」
「ん、あれ、美人か。別に俺には普通にみえるけどなー」
「……もういい。何も話すな。飯がまずくなる」
滝は面白い奴だが、時々苛つく。本人もわざとやっているのがわかるので、本気で相手にはしてやらないが。
シナチクをまとめて口に放り込んだ。濃いめの醤油味の汁を吸っていてうまい。その歯ごたえを楽しんでいたのに、滝の口からでた言葉で、琉汰の眉間のしわがさらに倍に増えることになった。
「お前が苛立ってるのってさ、もしかしなくてもあの同居人のせいか?」
「あの人のことは口にすんな」
「なぁ、あの人ってさ、やっぱそっち系の人なんか?」
箸をとめて、滝を食いつきそうな目で睨んだ。
「は?」
「だって、お前って瑠璃さんに似てんじゃん。背は高すぎるけど、女顔だしさー。もしかしてお前の面倒見てるのもまさか……」
「ンなわけねーだろ。黙って食え」
「襲われたこととかねーの? 」
「おい、いい加減にしろ」
怒りとともにテーブルを拳でたたいた。水の入ったコップが一瞬浮き上がる。
「でもさー、あの人まだ30だろ?」
「……まだ24だよ。姉貴より2つ下だったからな」
「えええー。見えねー!」
「まぁ俺も、初めて年聞いた時は驚いたからな」
「ふうん。でもスゲー人だよな。自分のこと放りだして、自分のこと嫌ってる義理の弟の面倒見る、なんてなー。」
真似できねー、と滝は呟いている。
今頃、保は一人でご飯を食べているのかな、なんて一瞬考えそうになって、あわててその光景をかきけした。
「……嫌ってる、わけじゃねーよ」
ラーメンの汁が飛びまくっている赤いテーブルの端を睨みながらの呟きは、テレビの野球中継にかき消されて滝までは届かなかったようだ。何もつっこまれなかったのに密かに安堵する。
それとも聞こえていたのに無視をしてくれたのかもしれないが。
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