ふたりは狭間で

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「お兄ちゃん、今日もバイト?」 「あぁ、多分遅くなると思う。今日は出掛けるんだったよな?」 「うん、詩の所で勉強して夕ご飯も食べて来ちゃう」 「そうか、なら俺は適当に買って帰るよ」 「帰ってから作るので心配なさらず!」 1DKの狭いスペース。流し台に寄り掛かるようにして本を読んでいた妹の琴音は急に立ち上がったかと思うとぴしっと敬礼のポーズをとる。 「無理しなくて良いよ」 「いやいや、疲れて帰って来た兄が寂しくコンビニ弁当食べるとか私が許せないの!」 「…寂しくはないけどな。助かる」 「うん!どういたしまして」 ここでありがとうと言えないのが俺の悪い所だ。言葉が続かず琴音に背中を向けて玄関にしゃがみこむ。 左足の靴紐が解けていた。そういえば昨日家に着く直前に自分で踏んでしまったのに、結び直すのが面倒でそのままにしていたんだった。 見るからにくたびれたスニーカーは、二年前の誕生日に琴音からプレゼントされた物だ。爪先の生地が所々剥がれてしまい、足を入れれば捲れた中敷きが引っ掛かる。それでもあと数年は履けるだろう。 折角琴音が選んでくれたのだ、限界まで捨てたくない。 そこまで見越していたわけではないだろうけど、不具合が目立たない黒を選んでくれた事にも感謝する。 靴同士の間隔などほぼ空けられない正方形のたたきには、琴音の靴が行儀よく並んでいる。俺に負けず劣らず履き潰されたスニーカーと通学用のローファーが一足ずつ。とても十七歳の女子高生の物とは思えない。 学業に集中しろという俺の意見と、勉強だけして働かないのはおかしいという琴音の抵抗によって、近所のスーパーでの週二日のバイトを許可した。しかし折角入った給料も、そのほとんどを生活費に充ててしまう。自分で使って良いと言ってもまるで聞かない。 次の給料が出たら新しい靴を買ってやろう。自分の物に大して興味はないが、琴音の物は可能な範囲で揃えてやりたい。 事前に言えば確実に拒まれてしまうだろうから、何食わぬ顔で買い換えてここに置いておこうか。 名案だと思いつつも自分のセンスで選ぶハードルの高さにまた悩んでしまう。
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