日々

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「オギャー、オギャー」 「母ちゃん分かったって」自分で言うのもなんだけど、うちの母ちゃんは変わり者だと思う。 50を越えた母ちゃんの赤ちゃんのモノマネは見ていて見苦しい。 夕飯の途中で母ちゃんは泣き声出し始めた。いつモノマネが始まるかは俺にも分からないが、1度母ちゃんに聞いたことがある「なんでモノマネをするの?」と。すると母ちゃんは「泣きなさぁい~🎵笑いなさぁ~い🎵」と、何かで聞いたことのある確か『花』という歌を唄っていた。母ちゃんなりの人生訓かな?と思うも、それ以上聞かなかった。ただ、下手くそだったので今でも覚えている。そして、俺へのエールなのかダメだしなのか分からない。 飯の途中のモノマネはその後決まって飯を勧めてくる。 「ほら、円を描くように食べなさいごはん、肉、野菜、スープ。円を描くように」やっぱり。 「育ち盛りには肉さえあればいいんだよ母ちゃん。」 「あんたはいつまで成長するの?!」 「いつまでって、俺、高2だよ。あと一年高校通って、そのあとは大学生」 「なんで年なんか取るのかねぇ」 「それ俺に言ってるの?それとも自分?」 「売れなくても頑張ってる人っているじゃない、芸能人とかアーティストとか、路上で歌ったり小さな劇場に出演するのがやっとの人、それでも凄いことじゃない!年なんか取らなければいいのに。」 「年齢重ねないと出来ない芸とか書けない詞があるんじゃない。」  「グスン・・・」 慣れているとは言え、この調子でやられるとこちらも困る。 すると突然「梨食べる?」と言い皮を剥き始めた。 途中、「痛い!」と言い、指を押さえている。「大丈夫?」と指を見ると血が出ている。 「大丈夫よ、このくらい。」と言い梨を剥き始めた。 そこは泣かないんだ母ちゃん。よく分からない。 「あんた、芸能人になれば?役者とか、歌唄ったり、不細工でもいけるわよ、三枚目として、目指してみれば?大学なんていつでも行けるわよ。」 なんだよそれ。芸能人を目指して親に反対されるのは聞いたことあるけど、親が芸能界を勧めるなんて聞いたことがない。 「不細工なのは母ちゃんに似たんだよ、オンチだし。」 「ベース弾けば?」 「理由は何となく分かるからもういいよ。」 「駅前の路上で30のあんたがバンドでベース弾いてたら母ちゃん感激しちゃうな。」 「普通、大手の会社に勤めて結婚もしてたらじゃないの?」 「そしたら感心する。感激はしない。」 「よく俺、今の成績維持してるよ!こんな母ちゃんで!」 「孫は感動するかな!」 「どうして欲しいのよ。バンドで成功して、孫が欲しいの?!」 「テレビが無い時代の人はどうしてたのかしら」「きっと自分の内面と向き合ってたのね」 「・・・」 「山道を登りながらふと考えた」 「なに?漱石?」 「とかくこの世は住みにくい」 「引っ越しても同じって言いたいの?」 「あんたには情も掛けたし、意地も通した。」 「そしたら?」 「恐ろしい話を聞いたわ。」 「羅生門ね、まどろっこしいからやめて。」 「この間の健康診断ね、数値がイマイチだったの。」 「えっ!?」 梨に伸ばそうとしていた手が止まった。「何それ!どこか悪いの?!」 「また再検査するから大丈夫よ。間違いって事もあるし。」 胸がドクドクしている。血が流れているのが分かる。 「検査いつ?」 「まだ分からない」 「決まったら教えてよ!」 「どうしようかな、保険金で売れてない子応援しようかな」 「保険金って。。」 何がなんだか分からなくなった。確かに今の今までいつもの母ちゃんで、泣き真似をして、飯を勧めてきて、他愛もないお喋りをして。。 「路上で歌ってる子の手売りしてるCD 買ってあげて病院で聞こうかな。」 「大丈夫だよ、母ちゃん」 精一杯だった。  夕飯を終え自分の部屋に入ってもまだドキドキしている。 うちは母ちゃんとの二人暮らしで、父親は俺がまだ小さい時に心筋梗塞で死んだ。 それから母ちゃんは保険のセールスレディとして俺を育でてくれた。 母ちゃんはいつも元気でパンパンに膨らんだバッグを肩に掛け朝早く出勤していく。 父ちゃんがいないことで何度かイジメられそうになったが、そんな時は母ちゃんの胸で泣いた。母ちゃんは営業用にお菓子を持っていた。俺が泣くとそのお菓子を俺にくれた。 「ほら、流した涙の倍だよ。」と、そう言って飴やらクッキーをくれた。それを食べると本当に元気が出て、流した涙の倍暖かい気持ちになった。 高校2年生になった今、泣くことは無くなったが、母ちゃんのパンパンのバッグを見ると親孝行しないとな。と思う。  ベッドに横たわり目を瞑る。 『再検査』 閉じた瞼に文字が浮かんでくる。 「あぁ〰」と声をあげ、スマホを取りだし和也にLINEを送る。 『スリーパーホールド』 と和也に送る。二人の間でトラブルや苦しい時に送る暗号だ。 『ワン・・ツー・・・』 既読が付きカウントが送られてくる。スリー迄行くとギブアップのサインだ。 『ノーノーノー』戦う意思を見せた。 『ファイト✊‼』審判になった和也から続けて戦えという意味のLINEが送られてきた。  スマホを枕元に置き、部屋の明かりを消す。眠ってしまおうと目を閉じると、不思議と深い眠りに就いた。  翌朝目を覚ますと母ちゃんはいつも通りだ。テーブルに朝ごはんがあり、俺用の弁当箱が置かれている。 母ちゃんのバッグはやはりパンパンだった。『持とうか』一瞬思ったが自宅にいる母ちゃんのバッグ持ってどうするんだよとすぐ思った。けど、駅までなら、どうしよう。俺は冷蔵庫を開け牛乳をグラスに注ぐ。もう母ちゃんは家を出る時間だ。俺にも登校の準備がある。母ちゃんは「お弁当残さず食べるのよ」「鍵かけ忘れないでね」「行ってきます」と、早口で言い残し家を出た。  一人残った部屋で、シーンとしている部屋が恐怖だった。初めて感じる感覚だ。やはり寝ても何も変わらない。LINEをしても、YouTubeを見てもゲームをしても変わらない。 母ちゃんは年を取った。まだ父ちゃんがいた頃、3人で写った写真を見るとハッキリ分かる。母ちゃんは年を取った。けどなんで母ちゃんまで。。。まだ再検査がある。病気と決まった訳ではない。  学ランに身を包み鏡の前に立ち、髪型を整える。こんな時でも髪型を気にするのか。と、神様に言われている気がした。
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