吉田の話

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吉田の話

 殺人事件を起こした。ある夜N市の路上で男を刺した。今までに三人ほど殺した。きっと証拠は上がらないだろう。それほど念入りに証拠を消している。ただ、傘を凶器に使うというこだわりがあった。  吉田は学生にして殺人に陶酔していた。だから理由なく、ただ殺人という行為を食事を楽しむように行った。場所や対象にこだわりがなかったので、住んでいるN市で何度も殺人を続けた。学校は休校になったり、怖がって外へ出てくる人も減った。吉田は笑いが込み上げて仕方なかった。しかし、満足をすることはなく、夜毎に殺人を行った。  最初の殺人を行ってから一週間で、警察が動いた。吉田が活動する、夜7時から朝5時まで外に出ることを制限したのである。警察が徘徊する夜の街を舞台に、吉田は懲りずに殺人を続けた。むしろスリルが吉田を加速させた。  その日は昼に見た傘のせいで、殺人の欲求がいつも以上に高かった。なんでもいいから人を殺したかった。夜7時になるとベッドから起き上がり、顔を洗う。心なしか顔色が悪い。傘を持って玄関を出る。吉田は静まり返った夜の空気を吸うと、今から自分がすることを自覚して口元を緩めた。  夜7時から朝5時までは警察以外の人がいないはずなのに、吉田の目の前には男が歩いている。なぜ外にいるのかは分からないが、吉田にとっては好都合だった。後ろから静かに忍び寄り、傘の柄を使って足を引っ掛ける。男は見事にすっ転んだ。ひひっと思わず声が漏れる。嫌な笑い方だと思いながら、吉田は傘の先を男の胸に当てがった。男の目は恐怖に怯えている。きっと犯人を捕まえようとか思っていたのだろう。その自分がこの状況になっていることが理解できていない様子だった。だが吉田はそんなことお構い無しに、傘に全体重をかけた。男は苦しそうに目を見開いている。その表情が吉田を興奮させた。緊張していた糸が切れたように、傘が男の胸に吸い込まれていった。男は声も出せないまま、もがき苦しみ、やがて息絶えた。  男から傘を抜き取り、吉田はなんとも言えない満足感に支配されたまま家へと帰った。  家に着いた吉田は血に塗れた傘を玄関の傘立てに差し込み、心地よい疲労感に包まれた体を引きずってベッドへ倒れこんだ。 * * *  次の日、加藤は一人暮らしの静かな部屋で目が覚めた。昨日の疲れは吹き飛び、体は軽く感じられた。昨晩よりもスッキリとした目元に安堵しながら顔を洗う。学校へ行く準備を済ませ玄関へ向かう。そこで加藤は目を疑った。玄関の傘立てに、血に塗れた傘が差し込まれていた。
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