惚れてるわね

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 私が家を出たとき、一番に力になってくれたのはユキヤ親子だった。ちなみに、ユキヤにも父親はいない。彼のうちは始めから父親がいない家庭で、生きているのか死んでいるのかも知らされていない。母と息子だけの家庭で、ユキヤママは小さなスナックを経営していたけれど、三年前に店を閉めて以来ずっと食品加工工場で働いている。 「雨、どんどん強くなるって。こんな日ぐらい、帰って来いっての…」  ユキヤママに言われて気づいた。雨脚がどんどん強くなる。  紅茶を飲みながら、じっと耳を澄ませた。ユキヤの車のエンジン音が聞こえないか。階段を上がって来る足音がしないか。 「夕飯、一緒に食べよう。一人じゃ心細かったでしょ?」  そのありがたい申し出に、私はコクンと頷いた。      ◇◇◇  何もないと思っていた街には、私の知らない顔がまだまだ隠されている。  ユキヤママに連れられてやって来たのは、派手に飾られた店内のスナック。カウンター席しかない、小さなお店だ。だけど、キッチンに入っている人は、かなり背が大きくて、切れ長の目が印象的な女性だった。いや、女装した男性なんだと思う。すごく綺麗だけど、喉ぼとけでわかる。 「あげは姉さん、この子よ。ユキヤのルームメイト」 「あら、こんばんは。こんな雨の日に良く来てくれたわね。どうぞ」  彼…彼女は、おしぼりを渡してくれた。熱々だけど、なんだか香水のような良い香りがする。 「ミユ。こちら、あげは姉さんよ。占いもしてくれる凄い人なの。相談があるなら、なんでも聞いてくれるわよ」 「やだぁ、美冬ったらそんなクチコミしなくてもいいのよ。うちは飲食が本職なんだから、占いで有名になんかなったら困っちゃう」  高い声をつくった男の声だと、わかる。でも、指先を触れ合わせても、私の体は震えなかった。  つけまつげも化粧もテレビタレントのような派手さはなくて、自然なメイクをされている。肌は女性のように綺麗で、爪の先までピカピカしている。  私の視線を受けて、あげは姉さんは激しいまばたきをした。 「あら。あなた、道に迷った子羊ちゃんの目をしてる。どうしたの? なに食べる? お腹空いてるでしょ? しおからとご飯ならすぐに出せるわ。あとね、銀鱈焼いたやつと、ホウレンソウとブロッコリーのチーズグラタンとかどう? 時間かかるけどね」 「そのへん、適当にお任せで」  ユキヤママがオーダーすると、あげは姉さんは奥の業務用冷蔵庫を開けて中から小鉢やらタッパーを取り出し始めた。狭い店内なのに、機能的にものが並べられていて無駄がない。棚に並んでいるお酒にはラベルがかけられていて、ボトルキープばかりだ。 「どう? たまにはこんなお店も、悪くないでしょう?」
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