彼はトモダチ

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 今日は初めから、雲行きは怪しかった。  一日中立ち仕事をした身体はもうクタクタ。お風呂に入って寝てしまいたいところをユキヤに拉致られたんだから、不機嫌になっていいのは私の方だ。  それなのに、肝心のユキヤがまるで私の知らない顔をして、黙りこくっている。  『ちょっと、ドライブに付き合って』と、そう言って職場で出待ちされるぐらい、大事な用事って何?  のこのこ助手席に乗ったは良いけれど、良かったのだろうか。今頃になって、考えなしだった自分に腹が立って来る。  疲労に空腹、そして気怠く重い空気。一向に話が始まる気配は、ない。  私から切り出すのもなんか変な気がして、とりあえず何十回も聞きなれた音楽をこうして大人しく聴いてるわけで。A面が終わり、B面の一曲目がもう終わろうとしている。  ユキヤは男にしては長い睫毛を伏せ目がちにして、運転に集中している様子だ。思い詰めたような暗い影が差し込んだ瞳に、私はまた、固唾を飲む。 「この車、良く走るね」 「ああ、まあな…」  やっぱり、会話が続かない。話す気などないのだろう。  いつもは他愛無いことをべらべらとよくしゃべっては、面白おかしく脚色して私の反応を揶揄からかうくせに。なぜか今日は寡黙で、心が遠いところにある気がして、まったくつかめない。  中古車屋で一番安かったらしい赤い軽自動車は、ユキヤの親友の手によって改造され、車検を通したと聞いている。座席とハンドルがレトロ調でお洒落だし、外装もオリジナルカラーが施され、唯一無二の個性的な車に生まれ変わっていた。その助手席には、いつも私の知らない女の子が座っているのが定番で、会う度に彼女が変わる。  ユキヤにとって恋人とはどういう存在なのだろう。  いつも、どうやって別れを切り出しているのだろう。  知りたい気もするけど、でもやっぱり、聞きたくない。  異性と意識すればこれまでの良好な関係があっという間に壊れてしまいそうで、それだけは嫌だから。  ユキヤは幼馴染で、長い付き合いのトモダチ。そして、たった一人の親友。  色々あっても彼だけは、私の近くに居てくれる。自分から打ち解けるのが困難な私にとって、ユキヤは寂しさを癒す大事な存在。  でも、成人してからのユキヤのことは、なにも知らない。
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