女にさえ生まれなければ

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「ありがとう」  「…べつに」と、得意げな笑顔。「なんか知らないけど、ミユが調子悪いときがわかるっていうかさ。気になったんだ」  それは無垢な笑顔だった。  平穏で退屈な日々の中に、危なっかしい光を放つ花火みたいな、そんな衝撃がまた。  ズシンと体の奥の痛みが、くっきりとした輪郭を描いた。私が女であるように、ユキヤは男。性別を超えた大親友であり続けたいと願いながら、どうしようもく身体中が熱くなる。  顔が熱くなる。 「え? どうした?」  優しい声と、冷たい指先。前髪を掻き分けて私の瞳を探す、ユキヤの瞳。  覗かれたくない。気付かれたくない。  咄嗟に両手で、ユキヤの善意を払い落とした。  驚いた顔。悲しみ。  無理やりつくろった笑顔で、ユキヤが申し訳なさそうにそっとつぶやいた。 「…ミユはさ。なんでそうやって、強がってるの? いつまで俺のこと、遠ざけるの?」  笑っているようで泣いているようにも聞こえる、震えたような上擦った声。  立ち上がって、隣の部屋に引き籠ってしまった。  ―――嗚呼、またやらかしてしまった!  激しい自己嫌悪。  ベッドを抜けてユキヤの部屋のドアまで、なんとか歩いた。  ドロドロした熱い血潮が溢れ出す。  気分が悪くなって、しゃがみこんだ。どことは言えないお腹の奥に鈍い痛みが走り、下半身すべてを巻き込むような辛い痛みが襲い掛かる。 「……うぅ」  呻きながら床に倒れた。これだから、女なんて損ばっかりだと思う。私が男だったら、ユキヤとはもっと良いトモダチになれたかもしれないのに。女にさえ生まれなければ、あんな最悪な事件を引き起こさなかった筈だし、ユキヤに特別な感情を持っていることをこれほど深刻に悩むこともなかった。  女なんて、やめられるものならやめてしまいたい。  這うようにトイレに行って、赤い血潮を水に流した。まっさらなシートに変えてもすぐに血で汚れてしまう。吐き気もしてきて、フラフラになりながらベッドに向かった。短い距離のはずが、今日は途方もなく遠くて泣けてくる。  うまく歩けず、カーペットに躓いて転んだ先の折り畳みテーブルが、壊れた。 「ミユ!?」  背後からユキヤの悲鳴に近い声が響くけれど、私の意識は暗く暗い世界に吸い込まれるように落ちたのだった。
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