男の人が怖い

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 沸騰したような過去の応酬には、もう慣れた。  これが発作だとユキヤは承知している。どうすれば私が落ち着くのか、厭だと叫びながらも、ユキヤの腕の中だけはオアシスだということも、わかっている。  彼は、かけがえのないトモダチ。  親よりも私に近い。  抱きしめられ、髪を撫でられる。  暗闇を払うこの大きな手に、私は何度救われたことだろう。  同じ男でも、こうも違う。  この世の男で私に触れて良いのは、トモダチのユキヤだけ。  涙も鼻水も彼のタオルハンカチで拭き取られ、私は脱力した身体を持ち上げられた。 「自分で、歩けるから!」  振り絞った声が震えている。情けないほど、か弱い女の声だ。私の大嫌いな、女の声。 「そんなの、無理だろ。俺が悪いんだから、これぐらいやらせろよ…」 「じゃあ、約束して。もう二度と、あんなこと……、私達の間に恋愛感情なんか要らないんだから!」  それからユキヤの顔を、まともには見れなくなった。  アパートに送って貰い車を降りても振り返らずに、駆け込むように逃げ込んだ。ユキヤは追って来ない。ルームシェアしている間柄なのに、彼は今夜もどこか別の場所で夜を超える。  去って行く車の音。遠ざかる、赤いランプをカーテンの隙間から見送ってから、私は崩れ落ちるようにベッドに身体を投げ出した。  狡いのは、私の方だ。  だけど今は、もうこれ以上考えるのもいや。  こんな最低な私なんか、もう放ってしまえば良いんだ。そう思いながら、気怠いまどろみに沈んでいく。  そんなことがあっても、泥のように眠って朝を迎えた。図太いのか繊細なのか、自分でもよくわからない。いつもより少しだけ早く起きて、シャワーを浴びて、黒いブラキャミとボクサーパンツを履いて、濡れた髪を後ろに束ねた。化粧っ気のない顔を鏡に映し、冴えない自分を眺めながら、ユキヤのことが気になった。  その瞬間。スマホにメッセージが届いた音が、鳴る。  【おはよう。調子はどう? 昨日のことは、なかったことにしたい】  その一文が、ユキヤの覚悟を感じさせた。ホッともしたけど、それ以外にも何かひっかかるものを感じながらも、了解を表す動物のスタンプを返す。  【バイトがんばって】  すかさず返事が返ってきて、その気遣いになんだか胸が締め付けられた。
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