彼はトモダチ

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彼はトモダチ

 ガッチャン  カセットテープが裏返るときの音。私にはそれが、何か大きなものを無理やり飲み込むような、苦しい音に聞こえる。  飲み干した後の羽虫が飛ぶようなノイズから、急に音楽が溢れ出した。その瞬間、いつも心臓がほんのちょっぴりだけ跳ね上がるのは、私が大きな音に過敏に反応してしまうせいだ。  名前も知らない古い時代の洋楽。英語がわからなくても、その悲し気な旋律とバラードの震えるような歌声から、きっと失恋の歌なのだと思う。  悲しいけれど優しい。  甘いのにどこか切ない。  そうしたカタチにならないものが音楽に封じ込められているような気がして。自分に足りない彩り豊かな心模様を、意味すらわからない歌声に感じて、酔いしれる。  ウインカーの黄色いライトに浮かぶガラス越しの街並みに目をやる。路側帯の消えかかった白線を見ると、なんだか急に不安が込み上げた。  運転席に顔を向けてみると、窓ガラスに右ひじを乗せた幼馴染で親友のユキヤが真剣な顔をして、信号の赤を睨みつけている。話しかけられないオーラに固唾を飲む。  青色信号の下をくぐり抜けて、車は急加速する。エンジンがうなりをあげ、ユキヤの左手に握られたレバーが忙しく動く。一速、二速、三速とシフトチェンジをする仕草が、すっかり板に付いていた。免許を取りたての頃が霞んでしまうほど、とても上手で滑らかにギアチェンに惚れ惚れする。  もう、エンストすることもないんだろうな。  窓ガラスに視線を戻し、いつ濡れたかもわからない雫が、目に飛び込んできた。強い風に震えていて、ガラスにしがみついている。なんだかとても意地らしく思えて、ガンバレってエールを送っている、自分がいる。
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