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惚れてるわね
それから記憶がない。頭が真っ白になるってきっと、こういうことなのだろう。
気付いたら家にいた。買い物袋は玄関にまとめて置いてある。自分でちゃんと帰ってきたようだ。お酒を飲んだわけじゃないのに、なにが起きたというのか。
スマホのメッセージを見ても、ユキヤからはあれ以来なにも送って来ない。
そんなの、今までもそうだったじゃないの。
なのに。
あの楽しそうな笑顔を見て、それが物凄くショックだった。
いつの間にか、外は雨。強くなる雨音が、黒い夜を連れてくる。それをただ茫然と眺めた。
ポーン
玄関のチャイム音に飛び上がる。ドアにかじりついて覗き穴を見ると、ユキヤのママだった。
「こんばんは。ユキヤ、いる?」
「…いえ。最近、こっちには居ないんです」
「あら…。そうなの」
ユキヤママは驚いたような顔をして、私を真っすぐ見つめてきた。ドキリとして、シャツの襟をつかんで口元を隠す。それは私の癖で、今に始まったことじゃない。
「顔色悪いけど、なにかあった? 良かったら、話聞くわよ?」
どうしようかな。
一瞬、迷ったけれど。結局、家に上がって貰って話をすることにした。
ユキヤママは「美味しい紅茶持ってきたの」と言って、赤いポットを火にかけてマグカップをキッチンの作業台に並べた。どこに何が入っているのかもうわかっていて、お茶用フィルターにスプーンで紅茶を器用に詰めていく。
「シュークリームよ。ミユも食べる? 甘いもの嫌いじゃないでしょ?」
「…あ、はい。ありがとうございます」
折り畳みテーブルに、丸い座布団。おさがりでもらったテレビと、テレビ台。どれも、ユキヤママがくれたものばかり。
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