夏燈

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 と、人混みの合間にこちらもまた一八〇を超える長身が覗いた。黒髪に黒い瞳の精悍な顔だち。 「柊二、こっち!」  爪先立って手を振る。ふだんの十センチのハイヒールなら背伸びをする必要なんてないのに。柊二の黒い双眸はすぐに沙璃と諒を捉えたらしい。小さく手をあげて歩を急がせる。  柊二の背丈や整った容姿自体も目立つものではあるのだが、この祭りの最中(さなか)に、ダークネイビーの背広姿はよく目立った。無論、悪い意味で。 「お疲れさま」 「悪い、待たせた」  軽く頭を下げた柊二に、諒はいいえと微笑みながら風呂敷包みを手渡した。重いから持ってください、と言いたげな手つきだ。 「これは?」 「浴衣よ。道場がね、更衣室代わりになってるんだって」 「いや、別にそこまでは――」 「いまのあなた、抜き打ち検査に来たお役人みたいですよ?」  眉間に浅い溝を刻んで諒は半歩距離を詰めた。 「せっかくのデートなのですから」  沙璃に言ったのと同じようなことを言う。  沙璃がそうだったように柊二もその言葉で折れた。 「……道着みたいに着りゃいいんですね?」 「あまりに酷かったら直してさしあげますが、ようは途中で脱げなければいいのですよ」  いっそ着慣れている人間らしい言い草だった。  柊二と一緒に境内にある通称道場、武道会館に向かう。みな家から着てくるのではないかと思ったが、仕事帰りに着替える人間や友人に着付けする人間がいて結構賑わっている。そういえば沙璃自身もひとりでは着ることができず、侍女の森下に着付けてもらったのだった。  柊二を見送って、その周囲で待つ。うつぎの木が奔放に枝を伸ばして、提灯の落す影をくすぐっていた。遠くで祭囃子の音が踊る。  しばらくして柊二が困惑顔で出てきた。黒に近い藍色――勝色に黒で網縞を描いた本麻の浴衣に藍の帯を結んでいてなかなか似合っている。 「これでいいんですかね?」  諒は後ろに廻って帯の結び方を軽く直した。 「やっぱり柊二は器用ですね、上手に着れていると思いますよ」 「見よう見真似ですけれどね」  柊二はふと声を落として、諒に言った。 「手拭いを腹に巻くとは思いませんでした」 「僕も柊二もお腹が足りないんですよ」  そういえば、沙璃もウエストを潰された。  スーツはどうしたのかと訊けば、預けてきたという。ふうん、と答えて、沙璃は鳥居に向かって歩きはじめた。 「じゃ、行きましょう」  と、柊二は眉を寄せて、右の爪先をひょいと出した。 「なによ」 「なによ、ってな」  今度は左肘を出す。まるで控えめな通せんぼだ。斜に見上げて睨んだ。可笑しそうに笑われた。 「なんでお前、ひとりで行くんだよ?」  腕を取れと目で示す。 「え、あ、……うん」  察しの悪さに頬を熱くしながら腕を絡める。なにせ、齢二十二にして初めての恋人である。おまけに、それまでこういうことには関心さえなかったのだから。  諒は咳払いこそしなかったものの、少しふてくされた様子で目を眇めた。 「父親の前で良い度胸をしていますよね?」 「おや、交際を反対された覚えはありませんが?」  軽く肩を竦め、涼しい顔で言い落とす。 「まあ良いです。……沙璃さん」 『り』がやや舌ったらずの甘やかな調子で名を呼んで、沙璃の左手に手を寄せる。 「ん」  指先を触れさせると、その長い指を爪先から辿るように絡めて、きゅ、と握った。  諒は満足そうに微笑んだ。 「あんたな」 「娘とデートしてなにが悪いのです」  牽制しあうのもふりといえばふりだが、まったく本気でないわけでもない。  左右のふたりを引き寄せて、それぞれの顔を見上げた。 「とりあえず、見て廻りましょうよ。私、おなか空いたわ」 「だな。ここの屋台、地元の店が出てて美味いんだよ」 「そうなんですか?」  諒がちょっと意外そうに瞬く。彼はこの数年、山奥の別荘に引き篭もっていて世事には疎い。まあ、任せてください。そんな得意げな顔で諒を見て柊二は歩きだした。
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