夏燈

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 些か必死になって抗弁した。 「それはありません。女物のほうが色や柄行が面白いと思うだけです。男物は無地や縞ばかりですから――」 「……着たいなら着たいと言って良いのよ?」 「……着せたいなら着せたいと仰ってくだされば、本当に嫌々ですがおつきあいしますけれども」  語尾は躊躇いがちに小さくなっていく。  諒の『嫌』には何種類かあるのだと沙璃は気づいていた。  ひとつ目は、望んでおらず、思いもよらないことを言われたときに反射的に落ちる『嫌』。  ふたつ目は、望んではいるけれども、自分では認められない事柄に対する『嫌』。このときは無理強いされるのを待つ誘いの言葉に近い。  みっつ目は、嫌なことに対する『嫌』。ただ、支配される側はときに限界を超えさせられるのを望む。主人が――沙璃が命じれば、彼は抵抗しながらも従い、結果的に主人によって自らが書き換えられたことに悦びを感じるだろう。  よっつ目は、本当に嫌なことに対する『嫌』。これを強制すれば彼は単に心(しん)から傷つく。道具を使われることや、おそらく不衛生なこともこれに当たるに違いない。  今回の『嫌』は、ひとつ目とみっつ目の中間ぐらい。 「なら今度、遊女のように緋襦袢でも着てもらおうかしら。三つ指ついて迎えて?」 「床にですか……?」  育ちの良い彼はいまだ床に膝をつくことに抵抗があるらしい。 「今度の家、前のひとが和室を作っていたんでしょう」 「僕は畳で眠るのは苦手です」 「あら、眠らせてもらえるなんて思ったの?」  これ見よがしに嗤ってやると、諒は息を詰めて俯いてしまった。 「あの、沙璃さん、……苛めにいらしたのでしょうか?」  一八〇近い男が小さくなる姿は嗜虐心を煽るのだが、そういえば沙璃には用事があった。 「ううん、まずは森下からの伝言。いいかげん書斎の本を整理してください、って」 「……片付けていますよ。少し時間がかかっているだけです」  ほんの少し口許を拗ねさせて視線を逸らす。  大学院で英文学を専攻していた彼の蔵書は和書洋書合わせてかなりの数に上る。だが、狭くなるのは書斎も同じだ。客用寝室をひとつ潰して第二書斎にすると言いだしたが、それでもいくらかは置いていかねばならない。彼はそれが嫌なのだ。おまけに本を選り分けているはずがいつの間にか読み耽っているのだから、片付け好きの使用人の目だって尖る。 「あんまり困らせちゃだめよ?」 「わかっています」  また拗ねた声。沙璃は小さく息を吐いて気持ちを切り替えた。 「もうひとつはね、夏祭りに行かないかと思って誘いにきたのよ」
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