梅雨生まれの僕と梅雨の妖精

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「これですよ」 彼女はカバンから、何かを取り出す。 「へ?」 「これ、すごく便利なんです」 モコモコとしたタオルだった。 「すごく水分を吸うんですよね、これ」 種明かしは、なんてことはない。吸水性に優れたタオルで傘を拭いていただけだった。 「……。わざわざ、拭いてるんですね」 「はい、その方が気持ちいいですから」 「あ、でもそのきっちりの折り目は」 使っていない新品のような折り目。 「私きっちりしないと気がすまないので」 彼女のテーブルには、ぴっちりと端を揃えて折ってある紙ナプキンと、きれいに結ばれたストローの袋が置かれている。なるほど、何事も丁寧な人なのか。 「それにしても」 彼女は楽しそうに切り出す。 「傘のことに気がついた人ははじめてです。私の梅雨を楽しむ工夫に気づいてくれたの」 「梅雨を楽しむ?」 「快適に過ごせたら、雨の日もいいもんですよ。雨のじとじとを、嫌なものにしないために、色々工夫してるんです」 雨の日を嫌なものにしない、そんな発想をする人にはじめて出会った。 「あなたは、梅雨、嫌いじゃないんですか?」 誰にも聞いたことがなかった問いを意を決してしてみる。 梅雨イコール自分、としてきた僕にとって、梅雨が嫌いと言われるのは、否定されているのと同じことなのだ。 だいたいの人が梅雨は嫌いなような気がして、あえて聞くのが怖かった。
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