第一話:霊 瑞香

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二  高輪大木戸の大吉といえば俺のこと。と侍は得意気に語り出した。  江戸の東海道口、高輪大木戸辺りを毎日のように駕籠に乗ってあっちへふらふらこっちへふらふら、糸の切れた凧のように風の向くまま気の向くままに遊び歩いていた大吉は、ろくに仕事にもつかず、金が無くなれば店の帳場を手伝っていた弟の中吉に無心をし、その金で悪い仲間と朝まで遊び呆ける毎日を送っていた。  なんせ実家は高輪辺りじゃ知らぬ人はいないというほどの大店だ。金はあって当たり前。たとえ江戸の火事で店が燃えたとて、他にもいろいろな店を構えている。一つくらいなくなっても痛くも痒くもないのだ。湯水のごとく金は湧き出てくるものだと思っていた。  そんな大店の長男坊に生まれ、幼き頃からなにかにつけて甘やかしてしまった大吉に両の親も今更ながらに手を焼いていたのである。  自分一人で遊んでいるだけならまだしも、女子(おなご)をとっかえひっかえし、中には本気にさせるだけさせて放ったらかしにした女子もいた。その女子が両親の元にまで現れ、自分の元から消えた大吉の行方を探していると言いに来た。一人二人の話ではなかったのだ。  そんなことは御構い無しと、この世のありとあらゆる遊びを知りたい大吉は、世の中の一般的にある一通りの遊びじゃ飽き足らず、裏の遊びにも手を出すようになっていった。その頃にもなると、大吉の遊びっぷりと金の使いっぷりは悪い噂となって、闇の商売を生業とする輩の間でぽつぽつと話に上がるようになっていた。  悪い奴に限って人当たりがよい。  人の裏表を読めぬ大吉なんかすぐに餌食にされる。赤子の手をひねるより簡単だった。
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