第一話:霊 瑞香

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 大吉も最初は軽い遊びのつもりであったが、己でも気づかぬうちに終ぞ闇の中の闇の賭場にまで手を出し繰り出すようになっていった。そんな大吉を見兼ねた両親がある日大吉を自分たちの前に呼び出し、 「お前は麻布の叔父さんのところに奉公に出」  ぴしゃりと言い放ったのだ。  大吉は口をあんぐりと開けることしかできなかった。今の今まで奉公の話なんて出なかった。自分は長男坊だ。いずれは己がこの家を継ぐ。この店にいるのが当たり前だとそう思っていた。行かせるなら次男坊の中吉のほうではないか。  大吉が反論をする間も無く話は締め括られ、話はとんとん拍子に大吉のいないところで進められた。 「ふん。みくびってもらっちゃ困るってもんだ。俺がすんなり言いなりになると思ったら大間違いだぜ。それに俺は何一つ悪いことなんざしちゃあいねえ。ただ遊んでただけで奉公に出されるなんてひでえ話じゃねえか。クソ」  手の平で鼻をこすり、大吉は両親が営んでいた新鮮な海鮮を食べさせる料理茶屋の帳場に入り込み、そこで名目は手伝いとして任されていた弟中吉に、 「おう、中吉、今しがたおっかさんが呼んでたぜい。ここは俺が見てるから行ってきな。なるたけ早く帰って来てくれよな、俺はこんなとこで座って待ってるほど暇じゃあねえんでな。へへ」  と弟に言うと、弟が大吉の嘘に引っかかっておっかさんのところへ行っているうちに、店の金を根こそぎごっそり袋に放り込み、そのままどこぞへととんずらしてしまったのである。 「その後、店がどうなったのかは俺にはわからねえこったわな」  侍は二杯目のメロンソーダをズズッと勢いよく啜った。
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