夏のひかり

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 ガタン、ゴトン。ガタン、ゴトン。  電車の中の居眠りは、どうしてこんなにも気持ちがいいのだろう。  身体に感じる揺れがちょうどよくて、いつの間にか眠っていた杉森湊(すぎもりみなと)は、頬に感じる風にふと目を覚ました。見ると、幼なじみの樫本嵐(かしもとあらし)がたてつけの悪い窓を引き上げていた。再び腰を下ろした嵐の耳元からは、カシャカシャと音が漏れている。  車内には、湊と嵐のほかに、足元に大きな荷物を抱えたお婆さんしか乗っていなかった。  みーんみんみんみー。  急に大きくなった蝉の声に、忘れていたように湊の額から汗が伝い落ちた。湊は窓の外に広がるのどかな田園風景に目を向けた。遠くのほうに薄青い山々が見える。水をたたえた青い稲穂が、光を浴びてきらきらと走った。  湊たちの暮らす男鹿(おじか)は、周囲を山に囲まれた小さな村だ。街までは遠く、車か電車でないといけない。一時間に一、二本あればせいぜいのローカル線に揺られて、湊は毎日隣町の高校に通っている。  無人駅に列車が止まった。お婆さんは背中に重そうな荷物を背負うと、誰もいないホームに降りていった。ガタンと身体に揺れを感じて、列車は再び走り出した。  湊は、はふっとあくびを漏らした。  青空を、白い雲がゆっくりと流れていく。  カシャカシャカシャ。嵐の耳元から漏れる微かな音が、眠気を誘う。湊は、ひとり分のスペースを空けて座る幼なじみを盗み見た。  陽に焼けた精悍な横顔、坊主頭。小学生のときから野球に夢中だった嵐の名は県外にまで知られていて、将来はプロになるんじゃないかと周囲に期待されたが、残念ながら地区大会予選で敗退。嵐たち三年生は部活を引退した。  湊は立ち上がると、嵐の隣に腰を下ろした。 「なんだよ」  眉を顰める嵐の片耳からイヤホンを外し、勝手に自分の耳にはめてしまう。カシャカシャというノイズが途切れ、代わりに流行りのポップミュージックが耳に流れた。 「暑いから離れろよ」  嵐は文句を言うが、邪険に突き放すこともしない。湊は頭を外されないのをいいことに、嵐の肩を借りて居眠りをはじめた。 「ちっ」  嵐が舌打ちした。湊の頭をおとなしく肩にのせたまま、そっぽを向く気配だけがした。  車窓から吹き抜ける風がさらさらと肌を撫でる。  ーーあ、いい風。  瞼の裏側に、あたたかな陽の光を感じた。  あしたからは夏休みだ。何をしよう。  休み前のわくわくした気分だけを残して、たぬき寝入りをするつもりがいつの間にか本気で寝てしまった湊の頭がかくんと落ちる。そのまま不安定にぐらぐらと揺らす湊の頭を、そっと直す気配がした。
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