はじまり

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カツンと響く私の足音を聞きながら エマの元へと向かう そのエマの部屋の前へと止まり扉に目を向ける ‥‥私はそれだけの覚悟をもってきた そのはずなのに揺らぐこの心はなに? ダメよ、ダメ こんなんじゃあ悪女なんて名乗れない その名に傷をつける でも、その名さえ名ばかりだったのかもしれない 仕方ないわよね。元々 私はそうなれない 哀れな女 「コンコン」 扉をノックし、少しの間待ち続ける 夜闇は見ているだけで気持ちを傷つけるから 早く人に会いたかった 「ガチャッ」 エマ「いらっしゃいメアリー 大好きだよ! えへへ」 鍵を開ける音がしてすぐに見えるのは照れ笑いを浮かべる彼女の顔 その姿に少しだけ暖かいものが心に生まれる 申し訳ない気持ちはある、それでも行っておくのが得策だと思ったから なにより誰かと関わりたい 自分の私利私欲だった メアリー「私も嬉しいわエマ 歓迎してくれてありがとう 貴方は本当に可愛いわね」 優しく微笑んで エマ「嬉しいなぁ ずっと不安だったけど でもメアリーに会えてよかった」 メアリー「私もごめんなさい 議論の時に話しかけられなくて‥‥ 本当はお話したかったのだけど」 私は本当に悪い女 過ぎ去った思い出が私を蝕んでも何も変わらないというのに どうして私の頭の中は後悔でいっぱいなのだろう エマ「議論中は難しいもんね‥‥分かってる だから悲しい顔しないで?」 いつの間にか心配しているエマの顔が近くに あって自分が悲しんでいるのだと知って苦笑する 隠せないほど疲れていたのね 私もつくづくバカねぇ メアリー「色々と考えてしまったの そうしたら何もかもに疲れてしまった 少ししか経っていないのだけど‥ごめんなさい 部屋に帰って休むことにするわ おやすみなさいエマ。いい夢を」 微かに微笑んで優しく言葉を紡ぐ ここで彼女の肯定が欲しかった エマ「うん、ありがとう。おやすみなさい メアリーに幸せが来ますように いってらっしゃい」 ほんの少しの時間、座りもせずに話しただけでも 疲れてしまったから帰るという言葉を聞いて私を送り出してくれる彼女はとても優しいのだろう メアリー「ごめんなさい。ありがとう」 笑顔を向けて閉まり間際に笑いかけたけれど 閉まるドア越しに彼女の寂しげな顔が見えた気がした そうよね、こんな態度じゃあ本命でないことくらい‥‥分かってしまうわね ごめんなさいエマ 暖かな心に触れられた気がした それだけでも前よりは安堵感はあって、これから行かなければならない所でも頑張れる気がする 気乗りはしない‥‥でも行かなければ必ず 必ず私の命はないだろう サンドラの手によって殺される 少しでもフェイと共にいられる未来を作る為には 絶対に会わなければならない メアリー「怖いけれど、気取られないようにするのよ私、‥‥私ならきっとできるはず」 自分で自分を鼓舞する ここでミスをすれば未来はなくなるのだから 相手は多分、暗殺者 寸分違わず辻褄を合わせなければならない ここだけを凌げばいい 恋の駆け引きに命をかけただけ たくさんやって来たはず だから大丈夫 私は本当はどうしたかったのでしょうね それは言葉にならず自嘲の笑みにしかならない 「コンコン」 覚悟は決まった、大丈夫 自分に言い聞かせて メアリー「サンドラ、私よメアリー 遅くなってしまってごめんなさい 貴方に会いたくて来てしまったわ」 扉越しに声をかけて彼女が出てくるのを待つ 出てきてくれないなら、それでいいのに サンドラ「メアリー‥? 私、待たせてしまったかしら どうぞ入って」 私の期待と裏腹にさほど待つこともなく私の前にサンドラは現れる その姿は昼間の薄暗さが嘘のように消えて 顔には明るい笑顔が見えていた メアリー「大丈夫よ、私もさっき来たところよ 待ってないわ ありがとう 失礼するわね」 開けてもらえた扉をくぐって サンドラの部屋へと入る 中には可愛らしい物主体で女の子らしい部屋と 呼べるものはなくて生活に必要最低限の家具 それに日常的には使わないであろう刃物が異様に輝いていて思わず息を呑む サンドラ「ようこそメアリー 貴方の事を待ってたの。綺麗な部屋でしょう? 議論の時は話せなかったのだもの 一緒にお話してくださるわよね?」 言葉の声音に関係なく顔に浮かんだ笑みに宿った無機質な冷たさが実際にひやりとした寒さを残す 呑まれるな、愛しているように見せかけるの 笑ってみせなければ メアリー「とっても綺麗な部屋ね 真面目で可愛いサンドラにとても似合っていると思うわ 私も貴方に話しかけられなくて辛かったの 一緒に話ましょうね」 にこやかに話しかけてみれば寒さは消え いつも通りに戻っていた 気が抜けない、それは何時でも言えることだった サンドラ「嬉しい 気持ちが繋がっているみたい 立って話すのもどうかと思うから座って? メアリー。ゆっくり話ができそうで良かった さぁ、どうぞ」 近くのふんわりとした場所を指して促す彼女を優しく見つめて メアリー「ありがとうサンドラ 私も嬉しいわ だから楽しみましょうね では遠慮なく失礼します」 ゆっくりとふんわりとした場所に座る もう逃げ隠れはできない ここからがすべての始まり 小さく息を吸った サンドラ「少し安心した‥‥ もしかしたら、ここでも話をしてもらえないんじゃないかって思っていたの だって一度も私にメアリーは話しかけてくれなかったから‥‥ねぇ どうして?」 静かに私に問う彼女の目はさっきまで宿していた光を既に失っていた 怖じ気づいてはいられない 駆け引きに負けてはいけないの メアリー「どんなに貴方を好きで仕方なくとも 議論の中では言えなかったわ ごめんなさい 狩人はいなくて私達を守ってくれる人がいないの、だから守り抜くためにも我慢してほしいの」 自分の命を最優先にして全てを手のひらの上で 転がす為に ‥‥愛するフェイと勝つためだとするなら なんだって サンドラ「そうよね‥ 私も頭に血が上ってしまっていたみたい 噛まれてしまっては終わり、 そうよね」 サンドラ「良かったわ私のことを 思っていてくれて 殺さなくでおいて正解ね。良かったわ本当に」 可愛らしく笑う彼女には心臓に悪いことばかり されている、まるで嘲笑われているみたい メアリー「本当にどうしようかと思っていたわ 貴方を愛しているからそんなことをされたら私達二人とも死んでしまうじゃない それは嫌、愛する人が死ぬのはもう見たくない 生きて帰りましょう どこまで狼さんが見逃してくれるかも 分かってはいないけれど」 微笑んで愛していると嘯く 自分が何故、愛の言葉を言えるのか 何を思っていたのか分からない いつから愛が変わり果てたのでしょうね もう忘れてしまった サンドラ「生きて帰る‥‥。こんなに醜く汚れた 私でもメアリーは愛してくれるの? 誰にも本当の愛を貰えなかった私に愛をくれるのね」 綺麗で、私ですら憧れるほど整った容姿をしているというのにも関わらず愛されなかったと話す 彼女が理解できない 愛されないはずがないとしか思えなくて メアリー「こんなに綺麗で整っている貴方が 愛されないなんてことがあるの? それは彼らに見る目がなかったのね もう大丈夫よ。だって私がいるじゃない なら、もう心配する必要はないわ。 安心してサンドラ」 私が笑顔を絶やすことはもうない 気の抜けない駆け引きはまだ続いている サンドラ「嬉しいわ、初めてよ こんなに真っ直ぐに私を愛してるって 言ってくれた人は貴方だけ 今宵はずっとは無理だとしても終わったなら ずっと居てくださいね?メアリー」 メアリー「分かっているわサンドラ ずっと側にいる その為にも狼を早く殺して 帰る それを目標にしましょう 貴方のことを頼りにしているわ」 サンドラ「任せてくださいな、求めてもらえる なら私はなんだってしてみせる だって紛れもなくメアリーの為だもの 嫉妬‥‥してしまってごめんなさい だから私をずっと愛していてね?」 愛を求めるなら愛で答えるまで それが私のやり方、求めるものがわかるなら 対処の仕方もそれだけにしかならない くるりくるりと回していくだけ メアリー「嫉妬なんて女なら当たり前よ 気にしてないわ。むしろ嬉しいくらい それだけ愛してもらっているんだから」 メアリー「貴方を愛しているのは変わらない だから、ありのままでいいのよ 本当の気持ちほど嬉しいものはないから」 不安を偽りの愛で隠すように言葉を連ねていく 分からなくしてしまえばいい 本当と偽り、それが混じればどちらも本当に変わるから サンドラ「そこまで私のことを想ってくださるなんて考えていませんでした でも愛しているなら当然でしたね 今宵は私がメアリーを困らせてしまったみたい 知らないうちにこんなに夜が更けてきてしまった 体に響いたら大変だもの だからまた明日にしましょう」 私からではなくサンドラから終わりを宣言されたことに安堵した 本当の気持ちが測られなくてよかったと それだけが心の中にあった 彼女の笑みが絶えなかったことで結果は どうなったか判別のしようがない それでも大丈夫であることに賭けるしかなかった メアリー「ありがとう、私の体の心配までしてれて 優しいのね。愛してるわサンドラ」 サンドラ「気をつけてね?夜はまだ明けてないのだから。おやすみなさい、いい夜を」 そのまま私はサンドラに送り出されて扉の前に立って、もう一度サンドラの方を振りかえる メアリー「今日は話してくれてありがとう 貴方の事を知ることができて嬉しかった またサンドラのこと教えてほしいわ おやすみなさい」 サンドラ「勿論よメアリー。いくらでも私の話 ならしてあげる、だから貴方のことも教えて? 明日もいい日でありますように」 微笑むサンドラと目が合う それに微笑み返して今度こそ扉を閉める 「パタン」 その音と同時にうるさく脈打ち痛む心臓に困る 深く何度も呼吸を続けやっとのことで静かさ に目を向けられる こんなにも私が追い詰められるなんて思わなかった メアリー「‥‥本当に怖い女の子 まるで私と同じくらい‥いいえ、それ以上に 恐ろしい」 思い出しただけでゾワリと寒気が走り体をさする もう終わってしまったのに恐怖は残り続けていた 私に残されたのは祈ることのみ どうか、未来がありますように
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