はじまり

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恐ろしくて、やりたくないことは終わった その解放感と目的の最愛の人に会える その想いだけが私を早く動かしていた 少しして私は足を止める そこは私の本命、フェイの部屋 いつもなら扉をすぐに叩き声をかけるのに その声がすぐに出てはくれなくて苦笑する メアリー「やっぱり緊張してしまうわね 会えること‥とても嬉しいのに」 私が大切だと言ったら信じてくれるだろうか 喜ぶ心と裏腹に胸の奥に微かに不安が募っていた きっと、きっと大丈夫 意を決して扉を叩く、心臓が早鐘を打っていた メアリー「こんばんは、私よ メアリー どうか扉を開けてくださいますか?」 問いかけをしたものの返答は返ってこない それでも一目でも愛する人に会いたい一心で扉の前で待ち続けた 待っても待っても扉が開くことはなく手が夜の寒さに悴んでくる 本当は少しでも会いたかった メアリー「やっぱり無理よね、私なんかじゃあ こういうものよね、分かっていたわ」 気持ちを割り切ってこそ悪女に相応しい女といえるだろう 最後に分かってもらえればいいもの そうよ、それだけでいい 「ギィ」 扉の前から離れて自らの部屋へ戻ろうと歩き出そうとする私の耳にその音は響いて足が止まる ゆっくりと後ろを振りかえると話したいと思っていたフェイが扉を開けていて心が踊るようだった 愛する人が見ていてくれる、それほど嬉しいことはない メアリー「フェイ‥‥。貴方と改めて話がしたいと思っていたの 大切な貴方に 議論の時は話せなかったでしょう だから話しませんか?少しでもいいから」 乙女らしく高鳴る心臓の音が聞こえる気がした はしたないことをと恥ずかしさの方が勝って 頬が暑くなる フェイ「話?こんな夜遅くにですか? メアリーもお疲れでしょう 休んではどうですか?」 なんだか冷たい風が間をすり抜けたかのように彼の言葉は感じられて恐ろしくなる メアリー「疲れてなんて今はどうでもいいの どうしても‥‥いつまで、この時間を過ごせるか 分からない。だから少しでもお話できそうにないですか?」 内心藁にもすがりたい気分だった 一瞬でも綺麗な思い出を飾りたくて フェイ「わかりませんか、話をする必要はないと言っているんです。どうせ本命でもないくせに よく、そんなことを言えますね」 彼の言葉にはっとした 本当なのだと信じてほしいが為に言った言葉のはずだったのに メアリー「いいえ、それは違います 私はフェイのことを愛しています 自分の命を捨てられるほどに だから信じてください 少しだけでいいんです 一言だけでもいい、話したいんです。 お願いします」 私の言葉を聞いてくしゃりと歪んだフェイの顔があって胸が痛くなる フェイ「話したくないと言った!! もう、うんざりだ。悪女に翻弄されるのは 僕はおまえの事なんて好きじゃない!」 メアリー「っ‥あ、待って!」 扉を閉めようとする彼に追い縋ろうとしても叶うはずもなくその手は空を切る 「バタンッ」 扉は目の前で閉まってしまう 夜の暗闇に私だけが取り残された ただ一人残され、さっきまで開いていた扉に触れて目を瞑る メアリー「好きじゃない、か‥‥。そうよね 私が普通の女だったら貴方は愛してくれたかしら?」 これは私の自業自得。寂しさはある、でも私は フェイのことを愛している。それだけでいい 分からなくてもいいわ 私の中だけの気持ちであっても もし希望があって最後ではないなら何度だって 言ってみせる 悪女だって恋をしない訳じゃないんだと 分かってもらえるまで、ずっと愛していると話続けよう どうか淡い夢になってしまいませんように メアリー「おやすみなさいフェイ」 静かにフェイの部屋から自らの部屋へと向かう 廊下に射し込む月明かりがキラキラと輝いていて自然と足はゆっくりになっていった メアリー「普段は気にも止めないのだけど とても綺麗ね」 ふと少しだけ美しさに見とれて眺める まるで光を失った私とはかけ離れていて、その輝きは羨ましい 昔のように輝けていたのならと影が私によぎった 悪い癖は消えてくれないみたい ??「こんばんは、お嬢さん とてもいい夜だね」 人など皆無、来るはずなどない 夜訪れるものは狼しかないと 残念ね メアリー「こんばんは、本来ならいい夜のはず なのだけどね」 声のかけられた方へ振りむき笑う 気配はしても姿は見えない ??「君にとっては最後の夜だからね 言われずともってところかな」 狼は野蛮で狂暴、そんな印象しかなかった まさかここまで律儀に返す狼がいるとは 思ってもいなかった 死ぬものには意味などはない 弔いの言葉も慰めも メアリー「そうね、言われずとも分かるわ 残念ではあるけれど市民もしくは狼さんに 勝ちはあげる、もう意味のないものだから」 最後の負け惜しみくらい許されるはず 敗者はそれしか残されないのだから ??「ああ、そうだ。俺の相方なんだけど 見に行ったら殺されていてね なんで死んだのかメアリー 君はわかるかい?」 月明かりが私たちを照らし出す メアリー「貴方だったのねニック 相方さんについては残念ね 大方、飼い犬に牙でも向けられたのでしょう 私も人のことは言えないのだけど」 私も対処の仕方を間違えた そう、人のことを言えないぐらい危ない道にいる ニック「そうか、そういう可能性もあったね すっかり失念していたよ ありがとうメアリー」 これから私を殺すだろうに理由を知れて楽しげに 笑う彼もまた異質なのだろう ニック「 君が悪女だったんだね‥ 確かに綺麗だと思うよ それなら人が惑わせられるのも分かる 君の言う通り勝ちはもらっていくから じゃあね」 他の刃物とは異なる鋭利な光が見える 月光と比べて更に明るく輝くそれについて考えているうちに言葉を紡ぐ前に深々と体は切り裂かれて私は鮮やかな赤に染まっていた 痛みを感じて何もままならないのではと思っていたけれど、そんなことはなくて驚いてしまった メアリー「ふっ、ふふ‥‥ほんとうに綺麗ね 少し微睡んでから私は行くとするわ さようなら」 壁に自らの体を預け、別れの言葉を述べる 不思議と何も思うことはなかった ニック「さようなら綺麗な人」 それきり気配も目立った音もなく広がる静寂から 一人になったことが分かる ただ自らの小さな(いのち)だけが懸命に響いているのにぼんやりと聴きながらフェイを待つ 「ギシッ」 ぼんやりとした頭に床の軋む音が混じって 前よりも気だるくなった体をゆっくりと向ける フェイだったらと期待していたけれど期待通りにはならず笑みを浮かべる メアリー「なんだ、やっぱり来たのねサンドラ」 もう隠す意味はなくなった 真実は露呈して 私はもうすぐ死に彼女は残る サンドラ「そう、やっぱり彼らと同じように 嘘つきなのね 折角、嬉しさに浸っていたというのに」 冷たい殺気が私に降り注いでいた それすらも、どうでもよかった メアリー「無様だと笑いたければ笑えばいいわ ‥‥さようなら」 もう反応すら示さない私にどうでもよくなった ようでクスッと彼女は嗤う サンドラ「もういいわ どうせすぐ死ぬもの いい気味 さよなら」 返す言葉はない、その必要も 私がなにもしなくても足音は遠ざかっていった それだけは運が良かったのかもしれない まだ彼と話せる時間は作れたのだから 微睡んでは気を保とうと自らを励まし 最後にフェイへ想いを告げられるかだけを考えて 待ち続けた 先に私の方が終わりを迎えてしまいませんように それだけが気がかりだった フェイ「どうして‥どうして僕なんかを!! 僕はおまえを殺したいほど憎んでいたのに」 近くから大きな声が響いてはっとした ずっと貴方のことだけを考えていたのに 気づかなかった 側に居てくれたことにさえ それほど私は疲れきっていたのね 襲われて今にも命を散らそうとしているというのに私は何故か笑みを浮かべていて きっと、それは愚かで愛おしい人 フェイのせいだろう 憎しみに染まる愛した人 その顔が‥殺意そのものが狂おしいほど お気に入りで想いを向けてくれることが私にとっては嬉しいことだった 紛れもなく私だけに対する感情であることこそが喜びで自分の存在なんてどうでもいい 手玉のサンドラとエマがどうなろうとも 私には本命のフェイが居ればその手で殺められるのだとしても受け入れられる それが私、他人に指図なんてされない 自分の思いのままに生きる それが悪女なのだから ゆっくりと言葉を噛み締めるようにフェイに届くように優しく語りかける メアリー「そう、そんなに悔しかったのね 自分で私を殺せなかったことが でも私はフェイ、貴方の事を愛していたの それだけは本当、嘘偽りはないのよ」 フェイ「‥‥僕は憎んでいるだけ おまえのことは愛していない 絶対に思い通りになんてなってたまるものか!」 私の愛の囁きすら耳に入ってこないのか ずっと頭を抱え続けるフェイを見つめる 憎悪と愛の狭間で揺れ動く大切な人は とても素敵だった 恋人である以上、その役割からは逃れられないだろうに‥‥。きっと苦悩しているのだろう 紛れもなく(悪女)のせいで それがいい最後まで私を見てくれていれば 私だけのエゴであっても メアリー「そうありたいなら、そのままでいようと努力すればいい。私が選んでしまったから もう先がないのはごめんなさい」 メアリー「もう少しだけ貴方と会話を楽しみたかったのだけど‥‥残念ながら‥もうダメみたいね 最後まで付き合わせてごめんなさい」 力の入らなくなってしまった体に鞭を打つように最後の力を振り絞ってフェイの頬に触れて囁く メアリー「いい夢を‥‥愛しているわフェイ」 愛しい彼から私を引き離そうとする()に想いを馳せる 私は悪女‥‥この生き方こそが私のあり方そのもの たとえ誰からも理解されずとも
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