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職業病もほどほどに(オリヴァー)
新しいカードが配られ、同じ数字のカードが場に捨てられる。そう、彼等がやっているのは高等なゲームではなく、単純な『ババ抜き』である。
「そういえばさ、リュークス先輩とラウルどうしたの?」
カーティスがカードを捨てながら何気なく聞く。それに、ネイサンがのんびりと答えた。
「イーデンの追試に付き合ってるよ」
「縄抜け?」
「どーしても上手くできないんだよね、彼」
のんびり言いながらも、ネイサンはどこかうんざり顔だった。
イーデンというのは暗府の中では新しい方の隊員だが、今年で四年目。ランバート達と同期になる。
癖のある黒髪が耳の後ろでひょこひょこ跳ねる、猫目で可愛い青年だ。
「縄抜けの試験があるのですか?」
オリヴァーはカードを捨てながら問う。それぞれが準備完了で、静かにゲームが開始された。
「ありますよ、試験。特に縄抜けは危機回避でも絶対のスキルなんで」
「イーデンはカーティスと同じ女役で、他のスキルは合格点なんだけれどねぇ」
「縛られたら一発アウト! 逃げる事も出来ずに殺されるか、いいようにされてしまうか。暗府がこれじゃだ~め」
暗府は独特な基準と技術と試験があると聞いているが、縄抜けか。
「そろそろイーデンには一人で仕事に就いてもらいたいんだがな」
クラウルがオリヴァーの前にカードを差し出す。何気なくカードを引いた途端、ゲームの負けを悟った。見事にジョーカーを引いてしまったが、これでもクラウルの表情が変わる事はない。
それにしてもこのトランプ、随分と材質が硬い気がする。妙にしなる。
「そうなんだよねー。今は俺がついてるけれどさ、今はあんまり危ない任務行かせられないんだよねー。その分がラウルとかにいくでしょ? シウス様が怖いんだよね!!」
カーティスが引いたカードを突然ドアへと向かい滑るように投げる。それはクラウルとネイサンの間を滑空するように飛び、丁度開いたドアのすぐ横の壁に突き刺さった。
「ぬぁあ! おいおいハニー、こりゃご挨拶じゃないか?」
「ここに入る時には足音させるかノックが厳守だよ、ダーリン。ナイフじゃなくてよかったね」
ニヤリと笑うカーティスは、多分分かって投げたんじゃないだろうか。そしてリュークスは気にしていない。刺さったカードを引っこ抜いて場に置いた。
「あぁ、定例のゲームの日か。でっ、なんで暗府じゃないオリヴァー様がいるんすか?」
「ふふっ、お邪魔してます」
穏やかに笑うオリヴァーに、リュークスに続いて入ってきたラウルと、もう一人の青年も首を傾げた。
「お疲れ様ですオリヴァー様。どうしてこちらへ?」
「春の危険植物一掃作戦についての協力と、掃除後の植物の処分法について話し合いにきたのですが、丁度人数がもう一人欲しいということでお邪魔しています」
そう、ここに来たのは一応仕事の為なのだ。
以前、訓練用の森で危険なキノコが群生していた事があった。あの一件以来、春に一度危険な植物がないかどうか、第四と暗府で駆除する事になったのだ。
ただそうした植物は一部の人間には使い道がある。特に暗府だ。なので、取り除いた後の植物の処分をどうするかを話し合うようにしている。
「お時間大丈夫なんですか?」
「今日はこのまま上がる予定だったので大丈夫ですよ」
心配そうなラウルににっこりと微笑むオリヴァーは、どちらかといえば手持ちのカードが大丈夫ではない。敗色濃厚だ。
「ラウル、リュークス、試験の結果は?」
クラウルが問うのに、猫目の青年がビクリと怯える。上目遣いだが、これだけで何も言わなくても分かるものだ。
「はぁ……。イーデン」
「ごめんなさいボス! でも……痛くてぬけないんです」
涙目の青年は暗府には珍しく素直そうだ。ただ、暗府というのは恐ろしい。表情と内面が一致していない奴がゴロゴロいる。
「ダメか?」
「ダメです」
ラウルが困った顔をする。これは本格的にダメなのだろう。
「俺もラウルもコツを教えてるんだがな。どーにも一線越えらんねーのよ」
「ごめんなさい……」
シュンとしたイーデンをどうしたものか。それぞれゲームの手を止めて考えていたが、ふとラウルが何かを思い立ったのか、イーデンの手を取り、一瞬何かをした。
途端、イーデンの掴まれた方の手首から先がだらんと垂れて一切動かなくなった。
「え?」
「この感覚だから、覚えておいて」
「……えぇ……」
まるで信じられないものを見る様な目でイーデンは自分の手首を見る。間違いなくプランプランしている。
「ちょっ、ラウル! それ亜脱臼してる!」
「あっ、はい。知ってます。今はめます」
何でもない顔をして再びイーデンの手を持ったラウルは、もの凄く簡単にはめた。当人は痛くないのか、感触を確かめるようにグーパーしている。
「凄い! 痛くなかった!」
「上手にはめたり外したりが出来ると、痛くないんだよ」
「凄いっす!」
……感心するところ、そこなんだ。
相変わらず暗府の感覚はズレている気がする。
「うわぁ、ラウル相変わらず怖いわ。普通さ、外す?」
「親切心なんだけれどね」
「ラウルは可愛い印象があるのですが」
「可愛い!!」
オリヴァーの何気ない言葉に、カーティスはブンブンと首を横に振る。
「可愛いのは旦那の前と見た目だけ! 暗府でラウルが可愛いなんて思ってる奴いないよ」
「そうなんですか?」
「一番容赦がなくて、暗器の扱いに慣れているからね。枕なしで仕事を片付けるなんて、暗府でも一部しかいないかな。あと、思い切りがいい」
さっきの出来事を「思い切りがいい」で片付けてしまっていいものか。
思うが、当のイーデンがまったく気にしていないようなのでいいのだろう。
そうこうしている間にゲームはオリヴァーの負けで終わってしまった。
「さて、オリヴァー様。罰ゲームですけれど」
カーティスが期待した顔でオリヴァーを見る。そうなると期待には応えなければならないような気がして、オリヴァーは考えて頷いた。
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