ネイサンの秘密(ネイサン)

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 その夜、ネイサンの部屋をノックする者があった。時刻は就寝時間の一時間前。正直、迷惑な客人だ。 「はい、どちら様?」 「俺」  たった一言、聞き慣れた声がしてネイサンは読みかけの本を置いて立ち上がり、ドアを開けた。  ドアの前には一人の青年が立っている。明るい、赤みがかった金髪に緑色の瞳の彼はネイサンを睨みあげる様にして見つめる。 「どうしたの、スコルピオ。なんだか怖い顔をしているよ?」 「……お邪魔する」 「仕方がないなぁ」  体を避けて招き入れると、知ったように彼はソファーに腰を下ろして項垂れた。  料理府第三班、別名「縁の下の力持ち班」を預かるスコルピオは、食材の下ごしらえや後片付けのプロフェッショナルだ。  元々のめり込みやすく、一つの事を磨き上げる職人みたいな部分のある彼は料理自体も好きだが、どちらかといえば完璧な下処理に美学を感じている。  どうしてネイサンがこんな事を知っているか? それにはとある理由があるのだ。 「どうしたの? 喧嘩でもした?」 「……した」 「また?」 「だってあいつが! ……いや、俺も焦ってるのかもしれないけれど」 「はぁ、煮え切らないな。お兄ちゃんはこんな弟だとは思わなかったよ」  腕を組んでそういえば、スコルピオは悔しそうに睨み付けた。  そう、ネイサンの一つ目の秘密はこれだ。  料理府のスコルピオはネイサンとは実の兄弟だ。父も母も同じ完全な兄弟。濃いめのブラウンの髪や身長差があるからか、皆この事を知らない。実際はネイサンが父親似、スコルピオが母親似なのだ。  そんな弟スコルピオは、最近とても悩んでいる。それというのも半年くらい前からお付き合いをしている相手と、セックスレスらしいのだ。  まぁ、実際はセックスレスどころかキス止まりで先に進めていないんだけれど。 「流石にさ、半年だもん。そろそろキス以上にいってみたいと思うのは普通だと思わない?」 「まぁ、そうかもねぇ」  ぶっちゃけそこはそれぞれの考えだから、すり合わせるしかないと思うけれど。  でも傷心の弟をこれ以上傷つける様な事はしないのが、兄の務めだと思う。 「でもさ、仕方がないだろ? フーエルが傷心っていうのを知ったうえで交際始めてるんだから。そこはちゃんと考慮してあげないと」 「分かってるよ。だから無理になんて言ってない。でも……生殺しが続いて半分死んでるんだよ」  ガックリと落ちた肩、背負うどんよりとした空気。よっぽど溜まっているらしいことは察した。  ネイサンは溜息をついて前のソファーに座る。そうして、項垂れるスコルピオに優しい声をかけた。 「実際、どこまでいったわけ?」 「キスまでは。あと、服の上から軽く触れる分には反応強くないんだけど、ボタン外したらオロオロし始めて、胸に触れようとしたら悲鳴上げられた」  まだその段階なのか……  これが半年続いているなら、側にいる分キツいだろう。それにしてもフーエルの恐怖心も随分なものだと思う。  フーエルは騎兵府第五師団に所属する四年目で、癖のある黒髪と猫目が特徴だ。昨年の戦争で他の第五師団メンバーと一緒にラン・カレイユへと赴き、見事に任務を果たしてきた。  だがその際、悪戯なお姉さん達に一晩中遊ばれて傷つき、女性恐怖症になったらしい。話しによると裸に剥かれて羞恥プレイをされたとか。  彼は案外繊細らしく、「お嫁に行けないっす」となき濡らしていたとか。 「俺、まだほぼ何もしてないよな?」 「してないね」 「キスだけで健全な男子が半年我慢したんだよ!」 「はいはい、偉いよ」  いい加減スコルピオを宥めるのも面倒臭くなってきたネイサンは適当に流す。  だがふと、頭の中に素敵なプランが浮かんだ。勿論これは自分達にとって素敵なプランだ。  なぜならこちらも、恋人とのエッチが少し物足りないと感じていたからだった。 「性欲はあるよね?」 「俺?」 「お前のは聞いていない。フーエルだよ」  お前の性欲は今聞いたとおりだろう。ネイサンは溜息をついてうんざり顔をして見せる。  だがこれに慣れているのが弟スコルピオ。暗府内では「この顔をされたら消されるかもしれない」と言われる表情にも一切反応がない。 「あるみたい。自分で抜く事はあるらしいし」 「じゃあ、ちょっと刺激してあげれば転がるんじゃない?」 「刺激? 触ると逃げるのに?」 「誰がフーエルに手をつけるって言ったんだい?」 「?」  腕を組んで首を傾げるスコルピオに近づいたネイサンが、そっと悪戯するように耳打ちをする。それを聞いたスコルピオは顔を真っ赤にして首を横に振った。 「嫌だよそんな羞恥プレイ!」 「でも、きっと興奮はするよ?」 「それ……は」 「フーエルと、エッチしたいんだよね?」 「うっ」 「ギブアンドテイク、でいいんじゃない?」  悪い顔で笑うネイサンの横で、スコルピオは欲望と戦っている。だが無駄な戦いだ。なにせ弟だ、欲望に弱いのは知っている。 「上手くいくんだろうな?」 「呼び出すまでは」 「……その後は?」 「お前次第」 「……分かった。このままじゃ足踏み確実なんだ、揺さぶりかける」 「OK。それじゃ、明日俺の部屋に呼ぶ。明日は安息日前日だしね」  面白い事ができそうだ。ネイサンは満足に笑って早速あれこれ手を回す算段を立てるのだった。
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