羽化(フーエル)

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羽化(フーエル)

 昔から、フーエルとイーデンは双子なのに似ていなかった。  顔立ちなどはとても似ている。まるで鏡を見ているようだ。  けれど昔から、黙っていても皆が見分けがついた。そういう人曰く、イーデンの目はキラキラ輝いて見えるのだと言う。  分かっている。イーデンは利発で、色んな事に興味津々で、よく笑う。悪い事をして沢山怒られても、結局みんなイーデンが好きだ。  それに比べて自分はダメだ。臆病で消極的で、怖いのが嫌だ。なのにイーデンに負けたくなくて無理をして、頑張って背伸びをしている。  騎士団に入る事を最初に決めたのもイーデンで、フーエルはそれに引っ張られた。訓練が辛くて泣きそうで、それでも負けられなくて踏ん張って、苦しいとかは押し込んで……落ちこぼれを必死になって繕い続けた。  一年目のそんな時、訓練のペナルティで料理府の手伝いをしていた時に知り合ったのが、スコルピオだった。  『君、丁寧で一生懸命だね。そいうの、嫌いじゃないよ』  野菜を洗って、皿を洗って。とても地味な単純作業をひたすらやっていた横から掛けられた言葉が、フーエルは嬉しかった。褒められたのも、誰かに見てもらえたのも、久しぶりだった。  フーエルの入団した時代は、第三期黄金期と言われるくらい優秀な人材が揃った。一緒に訓練しているレイバンやドゥーガルドは同期の中でも飛び抜けていた。  それに比べて自分は落ちこぼれで、どうしたってついていくのがやっと。しょっちゅう訓練で失敗してはペナルティで料理府の手伝いに数人と駆り出された。  でもいつしかこのペナルティが、待ち遠しくなった。  『フーエルってさ、料理に興味ある?』  聞かれて、分からなくて首を傾げると、大量の野菜の皮むきをさせられた。とにかく剥いて、剥いて……時間が掛かったけれど剥き終えたら、やっぱりスコルピオは笑って頭を撫でて褒めてくれる。  この手が温かくて、大きくて、とても好きだった。  二年目になって、ようやく訓練もさまになって、それなりに動けるようになった。それでもフーエルは時々料理府の下ごしらえを手伝った。  皮むきも上手にできるようになった。洗い物も好きだ。どうやら裏方が性に合うらしい。そしてスコルピオに会いたかった。  嬉しかった。この人はイーデンじゃなくて、自分を見てくれる。こんな地味な仕事が好きな自分を、褒めてくれる。頭を撫でられるのが嬉しい。  それからは休みの日に、時々会うようになった。料理府は仕事の休みもまちまちだから、自分の安息日に行って手伝って、スコルピオはお礼に賄いを食べさせてくれる。  「美味しい」と言うと嬉しそうに笑う。その笑顔がちょっと子供っぽくて、それもいいなと思ってしまうのだ。  関係が変わったのは、去年の遠征後。ラン・カレイユへ遠征に行った際に悪戯をされた。  裸にされて一晩中敏感な部分を刺激されて、気持ちいいのにどうする事もできずに喘がされて……惨めだった。男なのに、女の人にいいようにされて手も足も出ない。もしもここにいるのが自分じゃなくてイーデンだったら、きっとすぐに抜け出しているのに。いや、そもそも捕まったりしない。  恥ずかしさと、惨めさと、自分には何も出来ないんだという無力感を必死に押し殺して、何でもない顔で帰ってきた。  けれどスコルピオはすぐにそれを見抜いた。泣きながら話して、抱きしめられたのはこの時が初めてだった。ドキドキして、泣きたくもなって、『君の事が好きだよ』と言ってくれたのがトドメで泣いた。  嬉しかった。でも、問題もあった。性的な接触が怖くなっていた。  思い出すと自分が嫌になってしまう。何も出来ない無力な自分。弄ばれて、目的も果たせなくて、へなちょこで……。  それに、自信がない。具合がよくなかったらどうしよう。貧相だから、興味を無くすかもしれない。  それに、怖い。先に恋人が出来ていたイーデンが教えてくれる事は全部がカルチャーショックだった。お尻の穴を広げて、そこで受け入れて。最初は裂けるくらい痛いけれど、慣れてくるととても気持ちがいいらしい。  そんな事を、するの? 裂けるほど痛い事を、仕事じゃないのに。  考えたら、萎縮してしまう。色んなマイナスの思考が凝り固まって、拒んでしまう。求められる度にこれで、もう半年。いい加減嫌われるんだと、最近思い始めていた。
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