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「あの……先ぱ…」
「宏実さんたら、もう酔っ払ったんですかあ?私が優しく介抱してあげましょうか?」
莉那ちゃんが何か言いたげに口を開いたけれど、その声は咲良ちゃんの声にかき消されてしまった。
不服そうにむっと唇を尖らせる彼女が何だか可愛らしく思えて、そんな感情に一瞬戸惑う。
「ごめん咲良ちゃん、遠慮するわ」
「えー、宏実さん、ひーどーいー!」
「桐谷はうるさい!お店と私たちに迷惑よ。……って、もうこんな時間!さあみんな帰る準備しなさい。終電無くなるわよ」
「部長までひどい……」
「私は咲良さんのそういう所も好きですけど」
「え待ってやだイケメン!」
「ほらほら、帰るわよー」
「「「はーい」」」
緋山部長の一声でこの場はお開きになった。
いつも以上にテンションの高い咲良ちゃんは、週末とは思えないほど最後までハイだった。
……あの元気はどこから来るんだろう。
それにしても、莉那ちゃんはさっき何を言おうとしたんだろう。
やっぱり間接キスのことか。それとも全く別のことだろうか。
今となっては聞く事はできないし、何を言われるのか、聞くのが怖い。
弱虫だ、ヘタレだと罵られたっていい。
彼女に嫌われないなら、それでいい。
こんな事を考えてしまうのはきっと、職場の同僚として一緒に仕事していく上で必要な事だからだ。
だってそれ以外に答えなんてないはずだ。
私を心配そうに見つめる大きな瞳
肩のあたりで揺れる、柔らかそうな黒い髪
ほんのりと色付いた頬
笑うときに見える小さな八重歯
不服そうに尖らせた唇ーーー
幾度となく脳裏にチラつく彼女の顔を思い出しながら、溜め息を吐いた。
「……さっきの表情、可愛かったな」
無意識につぶやいた言葉は、夜の闇に吸い込まれて消えていった。
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