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「敬語、やめたほうがいいですか?」
「できれば」
「では、そうします」
早速敬語で答えてしまった。この先は心してくだけた言葉遣いを使わなければ。
「えっと……お茶のお代わりは?」
「もらおう」
やめると決めたはいいが、その後の会話が続かない。さっきまでは執務がどうだとか庭に霜が張ったとかいくらでも話があったのに、今は一問一答状態だ。言葉を口から出す前に一度精査しなくてはいけないという手間が、初音の口を重くさせている。
「なかなか難しいみたいだな」
「ええ、そう……ね?」
そうですね、と言いかけた言葉尻を呑み込む。自然な会話ができるようになるまでにはまだ遠そうだ。
「ゆっくり慣れていこう」
細めた目で見つめられ、小さくうなずいた。
もどかしいのは、うまく話し方を変えられないことだけではない。
もしかしたら、自分の想いが伝わっていないからなのではないか。
そう思うと、いてもたってもいられなかった。
頭の中で考えをまとめながら、一言ずつ言葉にする。
「ただ、くだけた言葉で話さなくても、私は、……」
一瞬止まってしまってからも、章継は先をせかさず初音の進度を待ってくれた。
「……殿を、お慕いしてしま……好きっていう気持ちなのは変わらない、から」
たどたどしく言い切ると同時に、強く身体が引き寄せられる。
気づけば、章継の胸に頬をつけていた。触れた場所からとくとくと一定の脈動が伝わってくる。
とびきり恥ずかしいことを言ってしまったので、顔が見えないことがありがたい。
「そうか、俺のことが好きか」
しみじみとした声音で呟く声が耳に届き、首を持ち上げる。
「なんだか意外そうですね」
「お前はあまり、そういうことを口にしないだろう」
思わず口調が戻ってしまうが、今度は聞き逃された。
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