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翌朝目を覚ました章継は、一瞬自分がどこにいるのかわからず困惑した。起き上がって周囲を見回してようやく自室にいるのだと理解する。野営生活が長かったから城での生活に身体を慣らさなければいけない。
夜着のまま襖を開けると、一分の隙もない状態の補佐役が背筋をしゃんと伸ばして正座を組んでいた。あるじの姿をみとめ、景光は軽く一礼した。
「景光、ちゃんと休んだか?」
「十分に。それより章継様、本日は忙しいですよ。留守の間の執(しつ)務(む)が山のように溜(た)まっています」
「あー、お前ってそういう奴だよな」
起き抜けに憂鬱(ゆううつ)な話題を振られ、章継は頭をかいた。
「夜は祝勝会がありますので、きりきり働いてください」
容赦のない景光の言葉に追い立てられるようにして、朝の支度を始める。
他に何かやるべきことがあったような気がしたが、慌ただしさに忙殺(ぼうさつ)されて頭から追いやられてしまった。
そして日が落ちる頃、祝勝会の準備が整った。
襖(ふすま)を取り去って大広間を更に拡張し、兵卒たちには庭を開放することでこの度の戦に帯同した全員が一堂に会する場を設けた。
まだ本調子でない久敬が一言だけ慰労の言葉を述べて下がった後、章継(あきつぐ)の音頭で宴が始まった。部下との約束の通り、上等な酒が惜しげもなく振る舞われ、厨(くりや)からは次から次へと料理が運ばれてくる。
数刻も経つと宴もたけなわ、給仕の女中や女官も引き込んで、そこかしこで賑やかな声が響く。章継の方へも女たちの視線がまとわりついていたが、あえて静かに盃を傾けることを選んだ。
なみなみと注がれた透明な中身をひと息にあおれば、心地よい清涼感が喉を滑り落ちる。今年の酒も出来が良い。章継はわずかに口の端を持ち上げた。
そこへ近くで飲んでいた雅朝(まさとも)がふらふらと近づいていく。
「そういえば若、奥方どうしてるの?」
執務を言い訳にあえて考えないようにしていたことを強制的に思い出させられ、一気に気分が下降する。歯の隙間から細く息を吐くと、雅朝がじり、と後退(あとじさ)った。
「景光(かげみつ)~!」
無言の圧力に耐えかねて、雅朝は景光を振り返り助けを求める。するとすぐそばで控えていた景光が口を開く。
「章継様、そのように不機嫌になられても、もう決まったことです。というより、よもやまだ奥方様に会われていないので?」
景光の切り込んだ物言いに、雅朝が慄(おののい)いている。章継は眉間にシワを寄せ、吐き捨てた。
「今日は朝からずっとお前の監視のもと、執務室に閉じ込もっていただろう。いつ会う時間があった」
「昨日のうちに挨拶くらいしておくべきだったのでは? そもそも戦況があらかた見えた時点で、その件も含め対応するためにお帰りくださいと申し上げました。それを章継様がなんだかんだと理由をつけて後回しにしたのではないですか」
耳の痛い小言を言い聞かせられ、章継は渋面を作る。
「ああ、そうだな、俺が悪い」
図星を指されて、章継はそっぽを向いた。
景光の指摘の通り、最後まで戦の行(ゆく)方(え)を見届けたいと言い張って帰りを遅らせたのは事実だった。
その理由に、自分をないがしろにして決まった婚姻に対する反抗の気持ちが入っていたことも認める。至らない男だと指摘をされたなら反論はできない。
「そう思われるならば、今すぐ会いに行かれてはいかがです?」
追い打ちをかけるような景光の言いように、章継はむっつりと黙り込んだ。
「若の気持ちもわかるけど、奥方様だって知らない国に来てほっとかれるのは不安なんじゃない?」
ここへ来て中立の立場と思っていた雅朝にまで意見され、いよいよ分が悪い。二対の瞳で見つめられ、章継もようやく観念した。
「わかった」
短く返事をすると、盃を置いて立ち上がる。
「様子を見てくる」
「それでこそ若です」
取ってつけたような景光のねぎらいを背に受けながら、章継は重い足取りで座敷を後にした。
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