Ⅰ コーヒーの飲めなかった僕へ

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 ――それは、予想をはるかに上回る衝撃だった。 「……!」  最初の一口、その衝撃的な味わい。ぼう然としながらも、つい反射的に飲み下したそれは、気のせいか、喉をすべり落ちていく感触までわかるような気がして。 (――待て。ちょっと待て、俺)  俺は心の中で、必死で自分に語りかける。 (耐えろ。耐えろ耐えるんだ俺。出すな……絶対、顔に出すんじゃねえ!)  目の前では、文字通り「最愛」の、てかもうそんな言葉じゃ伝えきれない「超最愛」「人類最強に最愛」の、わが娘・ひなた六歳が、立ったまま俺を見守っている。 「……おいしい? パパ」  妻に似た柔らかな声。直後に近づいてきた、こちらは俺そっくりの奥二重の目に、至近距離から顔をのぞきこまれる。  ああ、なんて澄み切った瞳。ふわふわのほっぺ。  ――ムギギ、と、俺は全力で口角を上げた。 「……すっげーうまい。ありがとな、ヒナ」  さすが一年生。  そう言って頭をなでると、愛娘は嬉しそうに笑って、スキップしながらテレビの前に戻って行った。  手のひらに残る、猫の毛みたいな細い髪の感触。  ……くー!   ああもう、一体全体どうすりゃいいんだ。ひなたのやつ、どこもかしこもめっちゃくちゃかわいいじゃねーか!  ムリ! 俺もう、かわいさで! 殺される! サンキュー神様! (……じゃなくて)  俺は深い息をはくと、娘の愛らしさはさておき、まずは自分の演技力を神に感謝した。 (――さて)
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