Ⅰ コーヒーの飲めなかった僕へ

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 テーブルの上、水色のマグカップの中には、一口分しか減っていないコーヒー。  妻の出かけた土曜日の朝。一緒に留守番中の最愛の娘(大事なことなので二回言う)が、「初めてひとりで」「大好きなパパに」淹れてくれた、インスタントとはいえ涙の出るほど嬉しい一杯。ではあるのだが。  俺は小さくため息をつく。ただでさえなで肩の肩がさらに落ちて、後ろ姿はきっと、椅子に座った矢印みたくなっちゃってることだろう。  カップの中のコーヒー。  残念なことに、これが、びっくりするほどの薄さで。  ……まずかった。味といい、香りといい、そりゃもう、カフェインとは別の意味で、目が覚めるほどに。  いわゆる「泥水みたいなコーヒー」って、こういうことなんだろうな。って俺、飲んだことないけど、泥水。  まあ、考えてみれば、仕方ないことなんだ。ミルクと砂糖にちょっとだけコーヒー、っていうカフェオレしか飲んだことのないヒナに、コーヒーの濃さなんてわかるはずがないんだから。  とはいうものの。 「……参ったな」  俺は片手で顔を覆った。  参った。  さっきの衝撃。  あれは、薄すぎるコーヒーのせいだけじゃない。  ――思い出してしまったんだ。黒歴史。こっぱずかしい、あの頃の自分。 「……どっこいどっこいだったかも。俺の、あれも」  動揺で、心の声が思わず口からもれた。  俺は慌てて、背後の娘の様子をうかがう。幸い、父親のうかつな発言は、アニメに夢中のヒナの耳には届かなかったらしい。 (あのコーヒー……よく飲んでくれたもんだよな)  思い出すだけで、冷や汗が出る。  ほんと、素敵な人だった。あの人は。
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