ひかりのくに

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ひかりのくに

 ある場所に、ひかりのくにと呼ばれる国がありました。  そこは、争いやケンカ、怒りや悲しみのない  皆が笑い合い、楽しく過ごしている場所でした。  空が薄暗くなった夕暮れ時、陽乃は冷菜と公園に訪れ彩り豊かな光が輝く両側の木々を見ていた。輝きは先まで続いている。   光の木を抜けると、一面は花をモチーフにした赤、青、緑のイルミネーションが光っている。 「綺麗だね」 「うん」   陽乃の言葉に、冷菜は首を縦に振る。 「ゆっくり見たいな、陽乃ちゃん良いよね?」 「構わないよ、時間はあるんだし」   陽乃ははきはきと言った。陽乃の家は夜七時までに帰らないといけないが、今は四時半時なので時間に余裕はある。   「行こう!」  冷菜は嬉しそうに言った。  二人はゆっくりと歩き、花のイルミネーションを眺めた。花のイルミネーションは時間が経つと赤から緑になったりして、色に変化が見られた。   その変化が二人には神秘的で楽しく感じる。 「陽乃ちゃん見て!」  冷菜に言われ、陽乃は指を差す方を見ると、小さなお姫様の絵が花の中にいる。 「可愛いね、親指姫かな」 「だろうね、あそこにカエルがいるから」  花の近くには花束を持ったカエルが姫を見上げている。 「本当だ。冷菜ちゃんよく気づくね」  陽乃は冷菜を褒める。 「他にもいないか探してみよう! 面白そうだし」 「そうだね」  冷菜の楽しそうな様子に、陽乃もつられてウキウキした気持ちになった。   その後も所々の花には、白雪姫と小人たち、人魚姫と王子様、アリスとウサギ等の童話の登場人物が隠れていた。いずれも冷菜が見つけてしまい、陽乃は冷菜が笑っているのを眺めていた。  ……連れてきて良かった。   冷菜の明るい顔を見て、陽乃は思った。   数ヵ月前に、冷菜の家庭に新しい母親が現れた。冷菜の実の母親は事故で亡くなっており、継母ということになる。   しかし冷菜は継母との関係が上手くいっておらず、家庭内で口を利いてないという。   冷菜から話を聞いた陽乃は、冷菜が少しでも元気になって欲しくて大好きなイルミネーションが輝く公園に連れてきたのだ。   「陽乃ちゃん、ここにもいたよ! シンデレラ!」  冷菜は姿勢を屈めて興奮混じりに指を何度も差した。確かにシンデレラと王子様が手を取り合っている。 「幸せそうだよね、シンデレラ」  冷菜はうっとりしたように言った。冷菜は亡くなった母親が色んな本を読み聞かせてくれた影響か、本が好きだという。   陽乃もシンデレラは知っていた。最後は王子様と結婚して冷菜が言うように幸せになると。 「シンデレラは夢があって素敵だよね。私かぼちゃの馬車に乗ってみたいな」 「う……うん」  陽乃は頷いた。とっくに童話を卒業している年齢だが、あえて口にしないことにする。  口にするのは、冷菜のことを否定するのと同じだからだ。   長い付き合いの友達として、 それはしたくない。 「……でね、その馬車でひかりのくにに連れてってもらうんだ」  冷菜の声がいきなり冷たくなり、陽乃は戸惑った。   かぼちゃの馬車はシンデレラを城に運ぶのが役割のはずだと陽乃は思ったが、友達の変化の方が気にかかった。 「ひかりのくにって、冷菜ちゃんのお母さんが作ってくれた話だよね」  陽乃は聞いた。冷菜は「そうだよ」と声色を変えないまま答える。   ひかりのくには冷菜から聞いたことがあるが、悲しいことも辛いこともない、皆が輝くように常に楽しく笑いあっていることからひかりのくにと呼ばれる国の話だという。 「私……ひかりのくにに行きたいな、そしたらイヤなことも忘れられるのに」  冷菜は言った。  好きなイルミネーションを見ても、冷菜の心を癒すのは難しいのだ。冷菜を見て陽乃の胸はちくりと痛む。 「……ごめんね」  冷菜は陽乃を見て小さな声で謝った。 「陽乃ちゃんが折角連れてきてくれたのに、変なこと言ったりして……」 「良いよ、気にしてないから」  陽乃は明るく言った。冷菜の立場を考えると冷菜を責めることはできない。   会話中にこちらを見る視線を感じた。しかし陽乃は無視して冷菜のことに集中する。 「陽乃ちゃん、もう少しこの辺を見ていって良いかな、まだ隠れている絵がある気がするんだ」 「だったら私も……」 「ううん、私一人で探したいの、陽乃ちゃんは先に冬桜のイルミネーションを見に行ってて構わないよ」  冷菜は陽乃に気遣っているのが伺えた。また可笑しなことを言って陽乃を困らせたくないのだ。  桜の木には桃色の輝きが灯り、陽乃は見るのを楽しみにしていた。  しかし妙な言動を口走る冷菜を放って行くのは気がかりだ。 「やっぱ一緒に行こう」  陽乃は言った。冷菜を放っておくなどできない。  それに先程から視線を感じるので、早く冷菜と共にこの場から去りたかった。 「何で?」 「良いから!」 「でも、私絵を見つけたいよ」 「また今度来た時に一緒に探そう」  陽乃は自分でも強引だと思うくらいに、冷菜を引っ張った。   同時に冷菜に悪いと内心で思った。  二人が来た時、桜の木の近くではプロジェクションマッピングのイベントが行われていた。星座関係の内容で、星はイルミネーションに負けず劣らず輝いて見える。 「陽乃ちゃんは、これが見たかったの?」 「えっ、まあそうかな」  陽乃は取り繕うように答える。  プロジェクションマッピングのことはここで初めて知った上に陽乃は星座に興味はないが、冷菜を連行させる理由にはなると思った。   プロジェクションマッピングは終わり、人だかりがバラバラになり、桜のイルミネーションにも灯りがともる。   桜のイルミネーションの桃色の光は可愛らしく感じた。 「プロジェクションマッピング綺麗だったね」 「そうだけど」  冷菜は不満げだった。陽乃に予定を邪魔されて少し怒っているようだ。  陽乃は冷菜の顔を見て察した。 「無理矢理連れてきてごめんね、あのまま冷菜ちゃんを置いていったらどこか行っちゃいそうで怖かったの」  陽乃は謝罪しつつ、理由を説明した。  花のイルミネーションで感じた視線は消え去り内心ほっとする。 「だからってプロジェクションマッピングが見たいなんて分かりやすい嘘はやめてよ」 「それも謝るよ、冷菜ちゃんが心配だったから」  これは本心だった。先程の冷菜の言動を聞き、冷菜を残していくことは、友人としてできなかった。 「……本当に心配してくれるの?」  冷菜は訊ねる。陽乃の謝罪もあってかさっきの怒りが消えたようだ。 「当たり前だよ、だって冷菜ちゃんの友達だから」  陽乃は明朗に言った。  もし強引にでも連れていかなければ、後悔していただろう。  冷菜は嬉しさと照れ臭さが混ざった顔をする。 「有難う……私……陽乃ちゃんの友達で良かった」 「私もだよ」  陽乃は冷菜の両手をそっと握り締める。  様々な事は起きたが、冷菜との仲は一層深まったと陽乃は思った。 「冷菜ちゃん、私考えたんだけど……」 「何?」 「ひかりのくには私達が作ろうよ」 「どういう意味?」  冷菜は首を傾げる。 「毎日楽しく過ごして、一緒に笑い合うの、そうすればひかりのくには作れるでしょ?」 「言うのは簡単だけど、できるかな」 「大丈夫できるよ! だから頑張ろう!」  陽乃は元気な声で言った。冷菜にはずっと笑っていてほしい、その一心だ。  冷菜の追い詰められた一面を見てるので尚更である。  冷菜の家庭を変えることはできないが、それに負けない位に良い思い出を沢山作ろうと陽乃は思った。 「陽乃ちゃんて、やっぱり強引だよ」 「あっ、ごめんね」  陽乃は自分の短所を素直に詫びる。 「でも陽乃ちゃんとなら、できる気がするよ」  冷菜は安心したように言った。  二人はイルミネーションを見た後、時間が許す限り一緒に過ごした。冷菜は終始楽しそうにしていた。   後に陽乃はあの時冷菜を連れていって正解だったことを知る。  ニュースで陽乃逹が行っていた公園で少女の誘拐未遂事件が起きたからだ。話によると少女が一人の時を狙って連れて行こうとしたらしい。陽乃が感じていた視線は誘拐犯だったのだ。もし冷菜を一人残していたら冷菜が連れていかれたに違いない。   陽乃は冷菜を守れて良かったと思った。  二年後…… 「この公園に来るの久し振りだね」 「そうだね」  陽乃は懐かしそうに言い、冷菜は辺りを見回している。   二年間、この公園に来られなかったのは事件があったため親に止められたことが原因である。  しかし二年経ち、陽乃が成長したのと、公園  の安全がパトロールをする等の強化が見られたため、許可が降りたのだ。  両側の木のイルミネーションは色は違うが変わらず輝いている。先に進み花のイルミネーションに辿り着く。   木と同様に二年前と変わってはいなかった。 「変化がないね」 「でも、お姫様は潜んでいるかもよ、探してみようよ」 「そんなの子供っぽいよ」  陽乃は冷菜の提案に乗る気がしなかった。二年前は小学生だったが、今は中学生である。  なので子供じみた行動をすることに躊躇してしまう。  すると冷菜は陽乃の顔を覗き込む。 「今日くらい良いじゃない、お姫様増えてるかもしれないし」  冷菜は目を輝かせる。  二年間、冷菜は陽乃の努力により、笑うことが多くなったのだ。  陽乃が良い返事をしなければ表情を曇らせることになる。それだけは陽乃にとって気が引けた。 「今日だけなら……いっか」 「そう来ないと! お姫様探しスタートだね!」  冷菜は明快な声で言った。友人の明るい姿に陽乃は安堵した。   花に潜む絵は冷菜の想像が的中し、二年前より増えていた。ラプンツェル、眠り姫、アラジンと魔法のランプの姫、かぐや姫や乙姫等の日本の話まで混ざっていた。   いち早く発見するのは冷菜である。冷菜はその度に嬉しそうに笑うので、見ている陽乃も楽しい気持ちになる。   「よし! シンデレラ発見!」  冷菜が指を差した先には、シンデレラが王子様と踊る絵が描かれている。 「相変わらず凄いね。私は細かいのは苦手だから冷菜ちゃんがいなかったら見られなかったよ」  陽乃は言った。 「少し注意すれば陽乃ちゃんでも見つけられるよ」 「そうかな……何か自信ないな……」  陽乃は苦笑いを浮かべた。  シンデレラの近くにある花のイルミネーションは数秒ごとに色が変化していた。二人はイルミネーションを黙って見ていた。 「陽乃ちゃん、色々有難うね」  沈黙を破ったのは冷菜だった。 「陽乃ちゃんが支えてくれなかったら……私きっと今頃ダメになっていたと思う」  冷菜は言った。  継母との関係は二年間で良い方向に変わり、今では一緒に料理を手伝ったり、休日に買い物に行ったりしている。   冷菜が身に付けているバックについた小さなクマの縫いぐるみは継母が作ってくれたものである。  冷菜と継母の関係が良好になるまでは、陽乃が支えになっていた。 「シンデレラを見つけた時、陽乃ちゃんを困らせることを言ってたしね」 「もう終わったことだし、気にしてないよ」  陽乃は静かに言った。冷菜が精神的に参っていたのは分かりきっていたからだ。 「ひかりのくに、本当に作れたね」 「そうだね」  日々楽しく笑い合うというのを心がけてきた。途中でケンカになり止めることもあったが仲直りして、また笑い合った。   ひかりのくにに近づけるようにてきた。そのお陰か今日を含む二年間は忘れられない楽しい時間で埋め尽くされている。   自分や冷菜が努力することで、日々は楽しくできることを知った。 「これからもひかりのくにを作ろうね」  冷菜の言いたいことは陽乃にも理解できる。今後もひかりのくにの人のように楽しく笑い合って過ごすのだ。そう自分達のように。 「 もちろんだよ!」  陽乃は言った。  花のイルミネーションを満喫し、その足で桜のイルミネーションを眺めに行き、二人は公園を後にした。   二人の顔は満ち足りた顔つきだった。
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