第一話:三成と茶々

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第一話:三成と茶々

 三成は茶々への溢れそうになる程の想いを胸に秘めながら、その夫で、今では太閤の位まで上り詰めた猿の豊臣秀吉に仕えていた。そして彼は太閤とその妻である茶々に拝謁するたびに苦しい思いをしていた。  それは茶々も同じであった。いつも伏している三成を見るたびに甘く切ない思いになり、思わず三成に『顔を上げて』と声をかけたくなることが度々あった。そんな時は自分の三成への想いを、夫の太閤である毛だらけで全身真っ黒な猿の秀吉に、気取られていないかと夫の方を振り向きその顔を伺うのであった。  勿論二人ともそれぞれ主君であり、夫である毛だらけで全身真っ黒な猿の秀吉を尊敬していた。特に三成にとっては自分を拾って、今の五奉行の地位にまで引き上げてくれた恩人なのだ。また茶々も最初こそ母お市の仇と秀吉を憎んでいたが、猿の秀吉が南蛮物のバナナを茶々に差し出しながらお市のことを謝罪してくれ、今も猿の秀吉が自分をいぢめる正妻のねねからウキー!と必死で自分を守ってくれてるのを感謝していた。  二人とも毛だらけで全身真っ黒な猿の秀吉に対する尊敬と、その尊敬している秀吉を心で裏切っている罪の間でもがき苦しんでいたのである。お互いの愛を確かめたい。しかしそれは毛だらけで全身真っ黒な猿の秀吉を裏切ることになる。二人はこうして互いの愛を口に出せぬまま時を過ごしたのであった。    慶長3年8月18日のことである。すでに太閤秀吉の病状は回復の見込みはなくあとは死を待つばかりとすでに諸大名に通告され、狸親父の内大臣徳川家康は我先にと毛だらけで全身真っ黒の秀吉のいる大阪城にはせ参じ、そして舌打ちして裾で着物にくっついた太閤の体毛を払って太閤の寝室に入るなり、下手糞な泣き真似でどうしようもなく薄っぺらな言葉で秀吉を励ましていた。 「太閤様なりませぬぅ!ここで死んでは天下の一大事!さあ、その毛を立ててもう一度お立ち下されぃ!太閤様がお元気になるよう、この狸親父もこの膨れた腹をポンと叩きまするぞぉ!」  猿の太閤秀吉は、家康の中身のない言葉にうんざりしながらも、この狸親父に毛の塊を投げつけて下がれと一喝して追い出す気力はもはやなく、ただこう言うのが精一杯だった。 「内府殿、猿はもう疲れた。しばし寝るから。下がってもらえぬか」 「いえ!なりませぬ!この狸親父、太閤様が元気になるまで下がりませぬ!」  狸親父の家康は頑として下がらない。家康の目的は遺言書の書き換えであることは明白であった。五大老の筆頭である家康は他の大老と、そして三成はじめとする五奉行を追放し、そしてで自分が豊臣家に代わって天下を回していくつもりだったのである。  突如戸が開き、何者かが伏してこういった。 「ご無礼仕ります!火急の要件があり、太閤殿下に申し上げたきことありますので内府殿席をお外しくだされ!」 「無礼者!この内府に指図する気か!…おや治部殿ではないかこれは失礼」  三成であった。彼は家康が遺言状の書き変えに猿の秀吉の所にやってくるのを察知して大阪城に来たのである。 「内府殿、長き話になる故、今宵はご退出なされたらよろしかろう」 「しかし、この狸親父まだ太閤殿下と積もる話が!」  すると猿の秀吉もやっとこの狸親父を追い出せると体を掻きながらこう言った。 「内府殿、この猿少々話を聞くのは疲れた。この治部と火急の要件について相談したら就寝する故、そなたも自分の宿に帰るがよかろう」  内府は歯噛みして「明日また参上いたします」と言い残し、扇で神経質に太閤の体毛を払い落とし、さっさと帰っていった。  秀吉は三成の登場で家康から解放されたことを喜んだ。「三成ちこう寄れ」と三成を引き寄せ笑顔で三成を迎えたのだった。  
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