第二話:猿の遺言

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第二話:猿の遺言

 三成が猿の秀吉の枕元によると、寝ていた猿の秀吉はその毛だらけで全身真っ黒な体を起こし、その毛だらけの手で三成の頭を撫でたのであった。 「でかしたぞ三成!よくぞ来てくれた。来てくれなかったら、あの狸親父の家康に抱かれて死ぬとこだったわい」  今の三成にとっては猿の秀吉の軽口さえ心が痛む。三成は涙を声を震わせながら言った。 「今のそれがしにとっては殿下のお命を守ることこそが火急の用事にござりまする。殿下、今後内府を入れてはなりませぬ!」  秀吉は、初めて会った頃の寺の小坊主であった頃の三成を思い出していた。むっつりとした小坊主なのに、この猿のことを気遣いおって。いきなり熱いお茶を出さずに温いのからお茶を出してくれたな。あの三度のお茶の味、この毛だらけで全身真っ黒な猿忘れはせぬぞ。三成、お主はあの時から全く変わっておらぬ。いつもこの猿を思って…。秀吉は毛を逆立てながら枕元の鈴を振って鳴らした。すると奥から「ただ今参ります」と女の声がして戸が開いて誰かがやってきた。  三成は足跡を聞くと、胸の鼓動急に高まるのを感じながら、秀吉の枕元から離れ奥に下がった。茶々が出てきたのである。茶々は猿の秀吉の枕元に座るとその美しい顔を微笑ませて猿の毛だらけの手を握った。そしてその紅の唇を開いてこう言った。 「殿下、おいたわしや!あの狸親父の内府、ご病気と知っていながら毎日訪ねて来て殿下を困らせる!三成殿のおっしゃる通りです。あのものをここに入れてはなりませぬ!」  二人の真心が心に沁みる。猿の秀吉は毛だらけの体を震わせて泣いた。ウキー!と声までだして泣いたのである。そして奥に控えている三成を手でもう一度呼び寄せた。  三成は猿の顔が見えるところまで寄ったが、猿の秀吉は「こっちゃこい!」と言いさらに寄るように言う。三成は「なりませぬ!」と言いあくまでその場を離れず伏している。秀吉は三成の頑なさに呆れ果てとうとう「これは、太閤秀吉としての命令ぞ!近うよらればおぬしの首を刎ねてしまうぞ!」と全身の毛を逆立てながら三成を怒鳴りつけたのである。  太閤の一喝にさすがの三成も顔を上げて再び太閤の枕元に近寄った。すると太閤はその毛だらけの顔の皺を綻ばせながらこう言ったのである。 「ああ!二人ともこの猿の毛だらけで真っ黒な手を握っておくれ。そしてお主の顔をもっとよう見せてくれ。あの小坊主がこんなに凛々しい男になるとは思わなんだ。茶々そなたの顔もみせてくれ。そのいつも変わらぬ凛とした顔をみせてくれ。二人ともこの猿によう仕えてくれた。この猿毛だらけの体で感謝するぞ!そうじゃ…死ぬ前にお主たちに言わねばらならぬことがあるのじゃ!…お主達が互いに惚れあっていることは気づいておった。いや、気づかねばおかしいほどじゃった。茶々そなたはこの猿に気取られないようにしてるつもりであったろうが、その三成を見つめる熱い眼差しにこの猿が気づかぬ筈がなかろうが!三成お主もじゃ!ワシの前で不自然なほど平伏し茶々を見ぬようにしておったな!猿は全てお見通しぞ!そなた達の想いようわかった。この太閤の事など気にするな。そなた達の好きにすれば良い。しかし秀頼のことは守ってくれ!あの狸親父の家康は、この猿が死んだら必ず豊臣家に牙を剥くはず!そのなったら秀頼は…。ああ…毛も萎れてきた…。この猿にも天のお迎えが来たようじゃな…天からそなた達のこと…み…見守っている…ぞ」 「殿下!なりませぬ!もう一度お目をお開けくだされ!」  三成と茶々は猿の秀吉の毛だらけで真っ黒な腕を握りながら同じ言葉を叫んでいた。二人を見守ってくれたあの毛だらけで全身真っ黒な太閤秀吉の命が今こと切れようとしているのだ。最後に二人の愛を認めてくれた秀吉。しかし今その秀吉が死のうとしている。二人は秀吉のだんだん冷たくなっていく腕にしがみつきながら泣いた。すると突然、後の戸が開き、誰かが駆け寄ってきた!三成は無礼なと脇差を手に相手を見て唖然とした。それは内府、あの狸親父の徳川家康であった。  
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