第四話:陰謀の予感

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第四話:陰謀の予感

 茶々は猿の秀吉の崩御から一向に葬儀の日取りが決まらないのを不審がっていた。何故誰も殿下の葬式を執り行なおうとなさらないの。しかし相談しようにも茶々の下に訪ねる者は誰もいなかったのだ。愛しい三成さえもだ。  三成は太閤が崩御してから一度も茶々の下に参上しなかった。茶々は毎日三成を待っていたのだ。三成殿何故いらして下さらないの。もう茶々のことなぞお忘れになってしまったの。茶々はこうしてあなたの参上を願っているのに。太閤殿下もあなたに私と秀頼を託したではありませんか。なのにこの仕打ちはあまりにも酷い。茶々は我慢しきれず三成の住む屋敷に忍び込もうとさえ考えたこともある。いくら関白の側室、そして次期関白の母とはいえまだ十九の若い娘である。彼女はあまりにも不謹慎極まりないことであるが、今、人生初めての恋に翻弄されていたのである。  茶々に仕える女中達は猿の秀吉が亡くなると急によそよそしくなった。噂によれば北政所、そう猿の正室で自分をいぢめていた憎らしい女のところに入り浸って自分の悪口を言いふらしているらしい。今茶々の味方はそばにいる愛しい我が子、秀吉が遺してくれた毛だらけで全身真っ黒な秀頼だけだ。茶々は秀頼を抱きしめる。ああ!お可愛そうな毛だらけで全身真っ黒だった殿下!皆が殿下をお忘れになってしまったようです!私に力があれば葬儀を執り行い殿下を安らかにあの世へ送って差し上げますのに!  三成も茶々と同じくすぐにでも太閤の葬儀を執り行いたい思いでいっぱいであった。そして速やかに葬儀が行われるよう動いていたのであった。彼は太閤が亡くなるとすぐに悲しみを堪えて葬儀のために諸大名に働きかけていた。しかし諸大名はそろってこう言うのであった。 「それは、北政所様と内府殿に相談しないとなりませんなぁ」  何故揃いも揃って同じことを言うのか、北政所様はまだわかる。太閤殿下の正妻である。いくら最近太閤と疎遠であったからといって無視できるはずがない。しかし何故内府ごときがそこにでてくるのか。  このように三成が自分の部屋で北政所と内府について考えを巡らせていると、突然後ろから「三成」と呼ぶ声がしたのでハッと振り返った。振り返るとそこには幼馴染で一時は恋人にもなりかけた白頭巾の大谷吉継がいたのであった。先ほど吉継に使いのものを出して呼び寄せたのだが、そのまま忘れてしまっていたのである。 「おお!吉継すまぬ!そちを待たせて!」 「相変わらずじゃな三成。おぬしは考え込むとすぐ周りが見えなくなる癖がある」 「で、何を考えていたのじゃ。淀殿のことか?それとも……」 「いや!違う!違うぞ吉継!わしは確かに豊臣家を大事に思うているが、そのようなことなど考えておらん!」  考えていなかったことを言われたのに、吉継の問いに三成は動揺し、その質問を必死で否定してしまった。これではどう考えても茶々様のことを想うていたとしか思えないではないか!確かに豊臣家の一大事、茶々様も秀頼様も守らなくてはならぬ!しかしこんな時に茶々様を想うことなどあり得ぬのだ!  吉継はそんな三成を見て昔から変わっていないなと思う。相変わらず坊主臭さが抜けず真面目一直線で恋もろくに知らない男である。そんな男だから惚れたのだ。この身を三成にささげたいと思ったのだ。三成の動揺が治まったとみて吉継は質問を続けた。 「三成、そう慌てるなわしはまだ何も言うておらぬわ。確かに淀殿と秀頼公は心配じゃ!しかしおぬしも感づいているだろうが、諸大名は一応に北政所と内府を恐れている。わしはあの二人が何か企んでいるのではないかと……」  三成は吉継がそこまで言った瞬間、扇子を自らの口に当てて話を止めさせたのであった。そして三成は言ったのである。 「吉継、実はわしもそう考えておった。内府は明らかに北政所様とつながっている。おそらく内府が北政所様をたぶらかしたに違いない。あの狸親父め、秀吉様がお亡くなりになった時も自分が太閤殿下の後継者だとのたまった。あれで騙された諸大名も多くいるはず!秀吉様の御前とはいえあの場で切らなかったことが口惜しい!」  吉継が一息ついたのち三成のそばに寄ってきて耳元でささやいてきた。 「おぬしあれから茶々様には会っておらぬな。会いたくて会いたくてたまらぬじゃろう。だがもう少しだけ待つのじゃ!天下が太平になるまでの辛抱じゃ!いまおぬしが茶々様に逢いに行けば内府のような輩に妙な噂を立てられおぬしは破滅するぞ!辛抱じゃ辛抱じゃ!しかし最初この話を聞かされた時ビックリしたぞ!おぬしだけしか相談できんとかいってわしを呼び出すから、これはわしに対する恋の告白かと思うたら、何と茶々様へ恋しているとか言い出すではないか!わしは笑ったぞ!まさかおぬしがおなごに恋するとはな!」 「笑い事ではない!わしをからかうな!」  共に太閤秀吉に引き立てられた二人である。敵の多い三成にとっては吉継は唯一の友であった。彼ら二人はお互いのことは何一つ隠さず話したのである。しかし三成と吉継がこれほど笑いながら語り合うのもこれが最後であった。時代がそれを許さなかったのである。
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