第三話:太閤大往生

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第三話:太閤大往生

 狸親父の家康は布団に着いた太閤の毛を振り払うと、強引に三成と茶々の間に割って入るなり「太閤殿下!狸親父が参りましたぞぉ~!」と喚きながらそのまま猿の秀吉を抱きしめて、三成と茶々から太閤から遠ざけてしまった。そして無礼にも太閤の顔に耳を近づけ頷き出したのである。下手な相槌なんぞを打ちながら何故か三成と茶々に聞かれたか?などと聞き、そして「殿下〜!」などといかにも嘘くさく泣いて見せたりした。三成と茶々は無礼にも程があると抗議しようとしたが狸親父の家康は「ここは殿下の御前であるぞ。静粛に!」などと言って二人を黙らしてしまった。  狸親父め自分の屋敷に帰ったのでなかったのか、と三成は自らの失態に今すぐ切腹して太閤に詫びたい気持ちになった。今息絶えようとしている愛しい太閤殿下の猿を家康めにこうもたやすく人質に取られるとは!ああ!狸親父め太閤殿下の毛を乱暴に扱いおって!  やがて諸大名が部屋に集まってきた。天下人豊臣秀吉。あの毛だらけで全身真っ黒な体で日本中をウキキ!と明るくしたあの秀吉が今死のうとしているのである。太閤の後を追って殉死するというものまでいた。まだ早い祈祷師を予防というものもいた。立ち上がり床に伏せる太閤に「殿下!立ち上がってくだされ!」と叫んだものもいた。とにかく一同悲しみに暮れていたのである。一部のものを除いては。  先程から狸親父の家康は、もはや言葉すら発せず吐息を吐くだけが精一杯の猿の秀吉の毛だらけで真っ黒な顔に耳を近づけて、何故かいちいち頷いては喋り散らしていた。諸大名が来るまでは頷いているだけだったのに、彼らが来た途端にいきなり喋り出したのである。 「殿下!今なんと仰せられたのか!この狸親父に政務を全て任せる?いえ、なりませぬ!今の日ノ本は太閤殿下あっての日ノ本!太閤殿下!どうかお立ちくだされ!さすればこの狸親父、お腹をポンと叩いて政務のお助けをしましょうぞ!殿下、なに?この猿はもう無理?やはり内大臣、東海道一の弓取りといわれる強者の徳川家康殿しかしかいない?そんな弱気なことを仰せられるな!殿下、殿下ぁ~!」  諸大名が近づけぬをいいことに狸親父の家康がある事ない事喚き散らしていた。家康のあまりの横暴ぶりに耐えられなくなった三成は、家康何するものぞと家康を太閤から無理矢理引き剥がそうとしたが、家康は負けじと太閤を抱え込み「治部殿!太閤殿下の御前であるぞ!取り乱されるな!静粛に!静粛に!」と頑なにその場を離れない。三成はこれほど己の非力さを恨んだことはなかった。茶々は秀頼を呼べば狸親父も流石に退くだろうと考え叫んだ。 「秀頼を!秀頼を殿下の下へ!」  それを聞いた瞬間の狸親父の家康は、秀頼なんぞきたらこの猿が喋り出してしまうではないか!と甚だしく動揺し、殺さんばかりに太閤を睨みつけ太閤の死をこれ以上ないほど願った。  すぐに秀頼がやって来て太閤のそばに座った。三成と茶々はこれ幸いと相変わらず太閤にベッタリと貼り付いている家康を無理矢理剥がすと、まだ幼い秀頼の小さな手を取って太閤の手を握らせた。すると三途の川の向こう岸まで行っていた猿がウキー!と一瞬、一瞬だけ戻ってきた。目を開き体を起こした秀吉は狸親父の家康をその眼でキッと睨みつけ、牙を剥き出して威嚇した。すると家康は顔中から冷汗を垂らし縮こまって隅っこの方へ飛んで下がっていってしまったのだった。そして秀吉は可愛い一人息子で自らの後継者の秀頼と、その母であり妻である茶々と、そして茶坊主から拾い上げ、今は自らの家族の将来を託した三成の三人を限りない優しさで見つめると、安心したかのようにあの世に旅立っていった。 「太閤殿下、ご臨終であります!」  今、太閤からその家族を託された石田治部少輔三成は諸大名に向かってこう伝えた。しかし三成は伝え終わると同時に悲しみに耐えきれずその場に泣き伏してしまったのである。それは各大名も同じであった。慶長三年八月十八日深夜、豊臣太閤秀吉は崩御した。あのあふれる剛毛でウキキ!と日ノ本を明るくした太陽がとうとう西に沈んだのである。
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