プロローグ

1/1
0人が本棚に入れています
本棚に追加
/2ページ

プロローグ

「妖」 それは人ならざる人外の存在。人の姿をするもの、異形の姿を為すもの。 その昔、異能士との大戦に敗れた妖は「陰」に封印をされた。しかし400年前にその封印が弱まると少しずつ現世へと再び顔を出し始めた。 力を失いつつあった異能士達は残された力で人類と「妖」との間に境界を張り双方の干渉を断絶した。しかし、境界は完全ではなかった。異能士達の力を超える「妖」はその境界を破り浸出してくるモノもいた。その度に人類は怯え絶望した。 そして、人類と「妖」との間に境界が張られてから約150年、ついにその境界が完全に破られようとしていた。 時々、夢を見る。嫌な夢だ。忘れられるはずもない、あの呪われた日の夢。僕の一族が滅びた日の夢。 玄関のドアを叩く音で目がさめる。窓から差し込む光はまだ柔らかい。寝ぼけただるい足で玄関へと向かう。鍵とチェーンを外しドアを開けるとそこに立っていたのは義姉の成瀬咲だった。 「まだ寝てたの?さっさと準備しなさいよね。いっつも遅刻ギリギリなんだから。」 そう言いながら勝手に部屋に上がってくる。いかに義姉とは言え不用心極まりない。まぁ、そう思っても襲いかかったところで返り討ちにされるのだが…。仕方なく制服の袖に手を通す。一年通して来た制服は既に少しよれていた。支度を終えひと息つく暇もなく玄関からまた声が聞こえて来た。 「早くしなさーい。本当に遅刻するわよー。」 その声に促され渋々外に出てドアに鍵をかける。少し早歩きで進む通学路。いつもなら会話はないはずだが、今日は違った。 「ねぇ、崇弘。最近調子はどう?」 義姉からの唐突な質問に逆に疑問を投げかける。 「どうって、何もないよ。風邪もひいてないし。」 「そういう事を聞いてんじゃないわよ。最近のあんたの中の『闇』がどうかって聞いてんの。まったく、監視してるこっちの身にもなりなさいよね。」 「んだよ。その言い方。ちゃんと言わなきゃ分かんねーだろ。」 『闇』 そう、僕の中には『闇』と呼ばれる妖が眠っている。成瀬家は異能士の家系でも飛び抜けた才を誇り、僕を養子に迎えるとともに僕の監視も引き受けた。ここ最近の生活を振り返り、咲にどうもしないと告げ通学路を歩き続けていると、交差点でクラスメイトにあった。 「あっ、やっほー!咲ちゃん。それとヒロくん。今日も元気〜?」 元気が良くハキハキとした声で話しかけてきたのは同じクラスの油井原茜だった。返事を返そうとすると、その後ろから長身で細身の男が現れた。 「やぁ、おはよう。いわくつき物件。」 そう言って出てきたのは1つ年上の3年生、秋山博人だった。 「いわくつき物件ってなんだよ。」 そう返す。しかし事実だ。僕は遥か昔、一族存亡のため「妖」の力を体内に取り入れた一族の、唯一の生き残り。いわば呪われた一族の最後の1人。そんな僕の過去を知っていながらも僕を軽く罵ってくるこいつは異能士の中でも特別な役職を担っているためどうすることもできない。それに、もし戦ったところで多分瞬殺されるだろう。この男はそれが出来るくらいとんでもなく強い。 やんやと言い合いながら歩いているとようやく学校に着いた。博人と別れ、咲と茜と一緒に教室に入ると、チャイムが鳴り担任もすぐに教室に入ってきた。いつも通りに朝のHRを寝て過ごそうかと考えていると、担任が全体に話があると言った。 「えー。前から話していた転校生が遂に、今日からこのクラスの仲間になりまーす!みん な、仲良くしてやれよ。じゃあ、入ってきて!」 担任の声に続いて、教室のドアが開き1人の生徒が入ってくる。 「は、初めまして。青葉楓です。き、今日からよろしくお願いします!」 そう自己紹介したのは栗色の髪に吸い込まれそうなほど黒い瞳をした少女だった。そんな転校生に見惚れていると、微かな違和感に気づいた。普通の人とは違う異能の感覚。咲も気づいたのか視線をこちらへ送ってくる。HRが終わり次の時間の準備に取り掛かる。すると咲が立ち上がり楓の下に行き、一方的に何かを言って戻ってきた。 「な、なにを言ったんだ?」 そう俺が聞くと、 「アンタには関係ないわ」 と素っ気なく返してきた。可愛くない奴。 午前中の授業が終わり昼休みに入ると咲がまた転校生に何が話しかけている。話が終わると咲は友人のところへ行きいつものように昼食を食べ始めた。転校生は、と言うと、やはりまだ友達は出来ていないようで1人で時間を持て余していた。何を言っていたのだろうかと思いながら1人で、昨日買ったパンを食べながら、ふと外を見てみると、そこには逆さまになりながらこちらを見ている博人の姿があった。 「な!何やってるんだよ!」 丁度口に含んだ牛乳を吹き出すのを堪え、小声で言うと博人は余裕そうな表情と声音と少しの得意げを含めて、 「安心しろ。結界を張っているから誰にも見えんさ。」 そう言って開いていた窓から教室に入ってきた。そしていつのまにか居なくなっていた楓の席を少しの間見てから一言つぶやいた。 「異能士だな、彼女は。しかも、かなり特殊だ。」 「特殊?」 そう聞き返すと博人は続けた。 「お前と同じさ」 それだけ言って博人はまた窓から出て行った。 同じ。その言葉が俺の中で反芻された。何処かに行っていた転校生は手にパンを持って帰ってきた。どうやら購買に行っていたらしい。 放課後。家に帰ろうと下駄箱まで行く。すると、ちょうど博人と会った。 「奇遇だな。そっちも帰りか?一緒に帰ろうぜ、博人。」 「先輩を付けろ、先輩を。一緒に帰るのは無理だな。今日は仕事だ。」 そう言って博人はそそくさと靴を履き歩き出した。玄関を出るところで立ち止まりこちらを振り向いてくる。 「そうだ、今日の夜は気をつけろよ。」 「気をつける?何にだよ。」 「さあな。自分で考えろ。じゃあ、忠告はしたぞ。どうするかは、お前次第だ。」 そう言って今度こそ博人は玄関から出て行った。 「変なやつ。」 そう呟いて帰路につく。家に着く頃にはもう日は陰っていた。ドアノブに手をかけた時に、冷蔵庫に何もないことを思い出した。振り返り近くのコンビニへ足を運ぶ。惣菜と弁当、明日の分のパンを買いコンビニを出る。そこで異変に気付いた。静かすぎる。いつもなら学童帰りの子供たちや、仕事帰りの大人がいるはずなのに誰一人としていない。人の気配すらもしない。そこで博人の忠告を思い出す。この感覚は「妖」だ。背筋が凍るこの感覚は「妖」で間違いない。陽が落ち辺りを闇が包む。どこだ。どこにいる。永遠と思える時間が過ぎたと思うが、実際は数秒だったのだろう。突然、横腹に恐ろしいほどの衝撃が走り民家の塀に激突する。痛みで全身が弛緩してしまう。震える身体で顔を持ち上げ前を見ると、思考停止しようとしていた頭にも理解できるほどの異形の姿がそこにはあった。やはり「妖」だった。「妖」がこちらに近づきその巨腕を高く上げ、僕目掛けて一直線に振り下ろそうとしてくる。体が動かない。もうダメだ。そう思い目を瞑る。が、一向に衝撃は来ない。恐る恐る目を開け前を見ると、先ほどまで目の前にいた「妖」の姿はなく、その代わり一人の少女の姿があった。 「青葉…さん?」 栗色の髪に吸い込まれそうなほどの黒い瞳。それは紛れもなく転校生の青葉楓であった。
/2ページ

最初のコメントを投稿しよう!