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EP.9
罪のない人間を死者の道から攫い、軍人として育て上げ、いつかの戦争へ駆り出す。嗚呼、痛ましい。嘆かわしい。これは防がねばならない実態。人間に罪は無い。あるわけがない。悪いのはすべて、悪魔だ。
「ラファエル」
「ああ、ミカエル様。どうなさいましたか?」
「いや、噴水を眺めて何をしていらっしゃるのかと」
「下界を眺めておりました。とても嘆かわしいですわ、心が痛い」
「そうですか、ところでラファエル。約五百年後の戦争についてだが」
「そうですね、もうじき、来るのですね、私も協力するとは言いましたが、しかし、血はもう見たくありません。サタンを殺すのでしょう、神のお言葉が聞こえました。私はもう怖くてたまりませんわ。これ以上、誰かの苦しむ顔など、見たくありません」
色々な戦争をこれまでに見てきては、人間に癒しを、動物に癒しを与えてきた。醜い争いをしてほしくない。だから癒しを与えていた。私の役目でもあった。けれど、戦争は無くなる事を知らない。依然として、人間は争いを続けている。今度こそ、大きな戦争が起こる。ウリエルも言っていたけれど、きっとまた大惨事になるだろう。死者の道が混雑するのは見たくない。ミカエル様もきっと分かっていらっしゃることだろう。
「だから、貴方には人間を解放してほしいのです。あの悪魔から、解き放ってほしい」
「何ですって? 私に、ですか?」
「はい」
悪魔に囚われし人間を、解放する。数万人いるであろう人間を一気に開放するのは困難だ。それに、天使についてくるとは思えない。
「彼らは悪魔にそそのかされ、天使を敵だと言われ、何も分からずにただ戦わせられるのです。私には酷でしかない。しかし、ミカエル様。開放するなどこんなんでございましょう。天使についてくるとは思えません」
「私もそう思っています。しかし、そうするしかありません。私は人間とは戦いたくない。ラファエル、あなたもそうでしょう?」
「ええ、戦いたくありません。……分かりました、ウリエルと話してみましょう」
「助かります」
ウリエルはその昔、サタンに騙された事がある。誠実なウリエルは嘘を見抜く術を知らなかった。それからというもの、ウリエルはサタンに対し、怒りのような物を覚え、サタンを憎んだ。
神の御前に立ち、ウリエルはサタンを殺しても良いかと問うていた。憎き仇であるサタンを殺したいのは、神ではなくウリエル自身。私は宥めたつもりだったが、やはり何事も上手くいくとは限らないようだった。
ウリエルがいるのは、エデンの園と呼ばれる場所。神殿を通り抜けると、そこに楽園が広がっている。天国とはまた違う場所で、エデンの園と呼ばれる。
エデンの園の門番をしているのが、ウリエルだ。炎の剣を携え、いつでも出撃できる、と言った具合に神に対する「奉仕」が表情から窺える。
「ウリエル」
「あ、ラファエル様。どうなされました?」
「貴殿は聞いているかい? ミカエル様から」
「戦争の事でしょう? 知っていますとも。だから、私はこの手で、サタンの首を」
「それもいいが、ミカエル様から頼まれた事がある。サタンの従える軍の中には人間がいるらしい。その人間を、悪魔から解き放ってやれとの事だ」
「何ですって? 人間を、しかし、そんな事をしたら」
「冥界の視察をしているイスラーフィールに聞けば、現状が把握できるから、とりあえずともに人間を解放する方針で行こうと思っているのだが、どうだ?」
「お言葉ですが、私は、」
「そうか、駄目か……」
「いえ!そんな事は、……分かりました!このウリエル、ミカエル様、ラファエル様のために全力を尽くします!」
「嗚呼、助かるよ」
ウリエルならそう言ってくれると信じていた。私は早速行動に出た。善は急げ。早く現状を把握せねばなるまい。
約五百年後。戦争と言う名の地獄が待っている。一刻も早く人間を放ってやらなければならない。悪魔から私の力で、彼らに癒しを。
「イスラーフィール」
宮殿で水晶を眺めるイスラーフィールを見つけた。私とウリエルは彼に訳を話し、現状を確認させてもらった。
「……そうか。悪魔に従っているつもりはなさそうだな」
「そうみたいなの。むしろ、別の事を考えているような。……でも、人間を解放するって言っても、具体的にはどうするの?」
「魂に還すのですよ。それには、癒しの力を持つラファエル様、そして死を司るアズラーイール様のお力が必要不可欠です」
「確かに、そうね。死を司るアズラーイールなら、魂に戻せるかもしれない。死者の道を通り、神の御前へ……そういうことね」
「そうです!」
「でも、上手くいくかしら。力は発揮できたとしても、彼らが邪魔だわ」
「悪魔は私が!」
「いいえ、ウリエル。彼らは約束を破るような悪魔ではないはずです。それに、破ろうにも破れないはず。神との約束は絶対的な物。千年の時が経つまではきっと身動きは取れないはずです」
「なら、私は必要ないのですか?」
「いいえ、違うわウリエル。もしもの為よ」
「保険と言う事ですか私は!」
「すまないね、ウリエル」
「いえ、心配無用でございます。私は神の為、あわよくば自分のために全力を尽くします!」
「頼りにしているわ」
「はい!」
ウリエルは自信満々に胸に手を当て返事をした。
意気込んでいる様子だが、あまり時間はない。早く手を打つ必要がある。一度ミカエル様に確認を。
「ラファエル、ウリエル。来ていたのか」
「ミカエル様、丁度確認に行こうかと」
「その必要はなさそうだ。今から行ってこい。必ず、人間を救え」
「御意!」
*
訓練も順調、体を鍛え抜き段々体力も向上してきた。遅いかもしれないが、やる事に意味があるはずだ。食事も必ず三食。そのあとは筋トレ。それから――。
「諸君!防具を装着し、早々に表に出よ!」
教官の声だ。わざわざ食堂へ来るとは、また、敵か?
「I、行こう」
「うん!」
おれは急いで着替え、銃を持ち、マスクを装着して外へ出た。すると、すでに人がいて、皆恐怖に慄いている。
「ひっ、あれが、天使?」
「何だ、何だあれは!」
皆動揺している。
「I、大丈夫。私が守る」
「E、大丈夫だよ。おれは」
「だめ」
「ええ……」
赤黒く分厚い雲の下、二つの影が見えた。雲のせいか、二つの影はとても眩しく見える。神々しい光を放ち、羽で器用に空に浮かんでいるようだ。影の内、一つだけは緑色の光を放っていて思わず、きれいだと思った。
「ラファエル、本当に良いのか?」
「やるしかないでしょう。人間は救わなければならない存在ですから」
遠くにいるからよく見えない。けれど、明らかにこちらと敵対しているように見える。教官が叫んだ。
「軍人とあらばサタン様に命を捧げよ!いざ、出陣だ!」
そういって手に持っていた銃を天に掲げた。
――怖い。もう戦うのか? 戦争はもっと後のはずだろ。どうして、こんなことが、いきなり。
周りは一斉に射撃を始めた。遠距離攻撃の可能な銃を持つ団員は皆攻撃を始めた。威嚇射撃と言っても良い。天使たちは動じていなかった。
「届きませんね」
「全く、ウリエル!我らを守れ!」
「仕方がありません、分かりました!」
赤い閃光が見えたかと思うと、地面に激突した。地面は割れ、砂埃が立つ。そこから人影が、……赤い光線、天使が降り立った。
遠距離攻撃をしていた部隊が一斉に恐怖で身が震えだし、攻撃をやめてしまった。
「どうしたんだ?」
「I、だめ、こっちへ来て!」
「Iというのか、君は純粋な心を持っているようだ。私と共に行こう? 心と体を浄化し、死者の道へ送り届けてやろう」
緑色の髪を揺らし、その美しい羽でおれと天使だけの空間を作り出した。大きな羽によって、おれの視界は狭まった。
「I!」
Eがおれを呼んでいる。おれは、どうなるんだろう。
目の前の天使は、赤い剣を携えていた。おれを斬るのか? いや、そんなことはないか。おれの心と体を浄化すると言っていた。どういう意味なんだ。死者の道ってなんだ? これからどうなるんだよ。
「君は、――イザヤというんだね」
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