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EP.11
「イザヤ、エリーザ、ヒナ、チャーリー、ズーハオ。前へ」
神殿らしき建物の中へ入った。
天界は何とも美しい場所だった。現世にはない美しさだ。ここが天界。天使たちのいる楽園。階段を上った後、門番であろう天使が迎え入れてくれた。その後、ミカエルとかいう天使が現れ、神殿へ連行した。神殿へは、おれら五人の他に天使のミカエル、ガブリエル、ラファエル、ウリエルの四人が向かった。
神の面影は全くない。どこに神がいるというのだろう。
「神はこの上にいる。しかし、上に行くことは決して許されない。分かったか、人間」
「あ、はい」
「怖い思いをさせてごめんなさいね、イザヤ君。ご武運を」
神殿入り口にイスラーフィールとかいう天使が立っていた。その彼がおれにそう言った。
「さあ、……イザヤ君。裁判だ」
立つ事を許可された場所まで移動し、立ち止まる。五人の顔が見えるようにと並べられ、四方にミカエル、ガブリエル、ラファエル、ウリエルが立った。
「私たちはそれぞれ、東西南北の象徴とされているんだ。……機会があればまた話をしようか」
ミカエルは優しく声をかけてくれた。やはり天使は味方なのだろうか。
――今はどうでもいい。神前裁判と聞いて、身が硬直する。強張る、と言った方が正しいだろうか。
「時にイザヤ少年。お前は生きる為に人を殺めた、物を盗んだ、違うか?」
神らしき人の声が聞こえてきた。いや、建物全体に響いている感じだ。
「はい、その通りです」
しっかりありのままを答えよう。嘘を言う必要はない。
「時にズーハオ少年。お前は自分の欲望のために人を殺め、愛する家族を失ったショックにより人を憎み恨んだ。違うか?」
「違います」
梓豪ズーハオの方を見遣る。真剣な眼差しで前を見据えている。しかし、何かに怯えている表情だ。
「ふむ、そうか。……判決。原因となる罪は、彼らには無い。よって、彼らの行く末は、転生である」
神がそう言った瞬間、何かが弾けた気がした。自分の中の何かが、ぷつりと切れた。涙があふれた。何故? 悲しくないのに、涙が出る。あふれ出す。
「転生、か。イザヤ君、皆、私が暗示をかけてやろう。さあ、神殿を出るぞ」
ミカエルに背中を押されながら神殿を出た。
転生、できるのか。おれたちは、一緒に転生できるのだろうか。
「あ、あの、て、転生って、つまり……?」
比奈は天使が怖いのだろう、怯えながら聞いていた。
「怖がる必要はない、比奈。そうだな、転生と言うのは、……新たな人生を歩む事だ」
新たな、人生を。
「俺たちって、ばらばらになるって事?」
「それに関して、今から暗示をかけるつもりだ。イザヤ君の願いだから、叶えてやろうかと思ってね」
そういえば、一つ気になっていたことがある。
元天使であったサマエルも、ここの天使たちも、皆「イザヤ」と言う言葉に良く食いつく。
「ミカエル、さん」
「何だ?」
「どうして、皆おれの名前にそんなに躍起になるんですか?」
「それは、古代の預言者の名前だからさ。意味は、《ヤハウェは救いなり》だ。天使は皆神を慕い、尊重し、絶対的存在と確信しているから、預言者とは切っても切れない縁で結ばれている。私たちは預言者は大切にしたいんだ。もちろん、他の人間だって大切さ、むしろ、他の人間を救うために預言者はいる。相対的に絶対的存在である預言者、つまり人間は大切にするべき存在ということだよ。君が特別なわけではないが、仕方が無いさ、古代の記憶は昨日のように憶えているからね。皆懐かしんでしまうのかもしれないな」
半分嘘とでもいうような笑いをした。
よく分からないが、そういうことなのだろう。
「さあ、君達。そこにならい給え」
噴水の周りに立たされた。
「目を瞑って」
手を翳し、目を瞑ったミカエルはそう言った。言われた通り、目を瞑った。
暫く経ち、「いいよ」と言われたので目を開けた。眩しい。
「君たちは聖人でもある。あるが故に、次の人生で何かが起こるかもしれないがそこは我慢してくれ。けれど、次の人生はきっと君たち五人が揃うはずだ。私が言うのだから間違いは無いよ」
ミカエルは五人の顔をじっくりと、一人一人の顔を見渡した。
「立派な子供たちだ。健やかに、純潔で、立派な人生を送り給え。私は心から期待している」
嘘偽りのない笑顔、こんなにも純粋な笑顔は今まで見た事が無い。
「悪魔の事は我々に任せて、君たちはさっさとここを立ち去った方が良い。さあ、アズラーイール。案内してやってくれ」
「御意」
全て一瞬の様に思えたし、何年も月日が経ったことのようにも思えた。
戦争に駆り出されるかと思ったおれたちが、今はもう、天使に連れられて死者の道へ送り出されている。
「さあ、行け」
ふわりと体が浮かんだ気がした。
「イザヤ、また会えたらいいね」
「今度こそ幸せになりたいなあ」
各々思う事がある様だ。おれはもう、無い。疲れてしまった。
「あ、そういえば」とエリーザが呟いた。「ねぇ、ズーハオ」
「なんだい?」
「あなたは、前にあの女って言っていたけれど、結局それ何だったの?」
「君によく似た女で、殺人鬼さ」
「エリーザによく似た殺人鬼?」
「そう」
「……解せないわ」
「まあでも世界に三人、自分に似てる顔がいるらしいし、それの類かな?それとも親戚?」とまたチャーリーは茶化した。
「私は親戚なんて知らないわ」
「じゃあ別人かな」
「だから、エリーザの事が嫌いなの?」
「嫌いと言うか、苦手、かな。似てるから、殺したいくらいには苦手かな」
「それって嫌いって言うと思うよズーハオ君」
「あはは……エリーザ、気にする事無いよ」
「気にしてないわ」
「皆さん、仲いいなあ」
この五人がまた集まるのは何年後だろう。いつの時代に生まれるのだろう。戦争は無いかな、親は良い人かな、乱暴な人間が周りにいないかな、など思うところはある。けれどそれが選べるわけではない。すべて神様が選ぶ事らしい。
おれは幸せだ。
*
千年の月日が経ち、約束の時が来た。
地獄の門が開き、冥界の扉が今開かれた。天界への道のりはそう遠くない。
サタンとミカエル、そしてウリエルは因縁の戦いを始めた。赤い光線と青い光線、黒く澱んだ邪気がぶつかり合い、爆発を起こした。死者の道は閉ざされ、三体とその他天界の使い手たちは天空で戦争を勃発。少しして、サマエルはサタンから来るなと言われながらも、自らの意思で向かい、その偉大で、強大な力を放った。
結果はすぐに分かった。
サマエルはその力を放ったせいで死んだ。神が下した雷によって死んだ。すべての原因となるサマエルは元の心を取り戻そうとした。しかしそれも空しく終わり、サタンはサマエルの力を吸い込み、携えた。
今はもはや熾天使だった美しいルシファーの面影はとうになかった。
魔王サタンと化したルシファーは、ウリエルの光線とぶつかった。
神の下す雷をものともせず、暴れた。
自らの体が朽ちるまで暴れた。
その頃の下界は酷かった。「サタンのせい」とは誰も思わず、下界でも戦争が起こっていた。戦争が次々に始まり、世界各国で喧嘩が始まった。
「サタン、もうやめろ!」
ミカエルの叫びは空しく散り、ウリエルは赤く燃える炎を纏った剣で以て、サタンの首をはねた。
獣のような叫び声と共に、サタンは消えた。しかし、サタンの心までは消しきれなかった。その魂は下界へ逃げてしまった。
「くそ、くそ……」
ウリエルは悔やみ悲しんだ。消しきれなかったことに後悔した。
「ウリエル、もういい。戦いは終わった。悪魔は、もう滅んだ」
悪魔は人間の憎悪によって作り出された幻像に過ぎない。なのでまたきっと蘇る事だろう。ミカエルはそれを分かっていた。ウリエルを宥め、軍隊を率いて天界へ戻った。悪しきサマエルを消した祝杯をした。
「サタンの事は残念だったけれど、今度は他の大罪とも戦う事になるかもしれないわね」
「それだけは勘弁だな」
豪華な食卓を囲み、酒を交え、踊って夜を明かした。
天使軍の圧勝だった。
ルシフェル塔にいた人間すべては天国、又は転生した。これでよかったのだ。
「くそ……くそ、くそ! 我が、我が斬られるなど……なんと屈辱的!ああ、そうだ。人間に、人間に憑りつけば、いずれやつらもまたやってくるはずだ。その時にまた懲らしめてやろう。そしてまた、そしてまた我のルシフェルの友を復活させるのだ!あっははは!あーっははは!」
魂となったサタンは下界を彷徨っていた。次の標的を探し求め、世界中を旅した。
また天使たちと闘う事は、もう当分ないだろう。
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