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EP.5
朝の訓練が終わり、朝食をとっていた。今日のメニューはオムライスだ。
「これも日本食らしいわ」
「ええ! そうなの?」
「うん。卵料理はいろんな国にもあるけれど、ご飯を包む卵料理はほとんどないから」
スプーンに少しずつ乗せて食べながらおれに解説してきた。
「Eは物知りだなあ」
「そ、そう?」
Eは少し頬を赤らめた。どうしたんだろう。少し疑問に思いつつも食べ進めると、ふと視線を感じた。おれの右隣にCがいた事に気が付く。
「なんだよ」
「いやー仲が良いなあって思ってさ」
「はあ?」
「Iくんは分からないのかなあ、鈍感だなあ」
「何の話だ」
「いいや、別に良いよ、気にしないで」
何なんだこいつ。この前の話といい、よく分からないやつだ。
「そうだ、今日は新しい子が来るらしいよ。女の子だったかな」
「何で知ってんだよ」
「蛇に聞いたからね」
「蛇? あの蛇に?」
「そう」
Cとそんな会話を交わしていると、Eが割って入って来た。
「ねぇ、あの蛇に何の話をされたの?」
「されてないよ、したんだ」
「Cから話を持ち掛けたって事か?」
「そうだね、蛇が来たから、聞いたまでさ。新しい子は来るのかって」
「それは答えてくれるんだな」
「そうみたいだね」
新入り、か。どんな人なんだろう。
すると、食堂の扉が音を立てて開いた。たちまち騒ぎが起こった。また来たのだろうか、あの蛇が。
「あ、赤い蛇」
「うむ、どうにも気に食わん。せめて、軍団長や将軍などと呼んでもらえると助かる」
「将軍? 言ってもらいたいだけでしょ」
「そうだよE。分かってるじゃないか」
「……そう」
赤い蛇――もとい軍団長はおれの傍までやってきた。
「I、久しいな。一週間ぶりか?」
「そんなに時間は経ってない気がするけれど」
「まあいい。新入りの件だ、今到着した。紹介しよう」
そう言った途端に食堂の扉付近にいた野次馬がまた騒ぎ立てた。黒髪の綺麗な少女が扉の先に立っていた。もじもじとしていて、扉の先にいる大勢の人間に相当驚いている様子だった。
「ふぇ……何、何ですか、この人たち、こ、怖い……」
「No.H-0130オーイチサンオー、Hだ。日本から遥々やってきた少女だ。彼女にはまだあまり説明していないから君達で色々案内してあげなさい」
あまりの突然の出来事で頭がパンク寸前だった。まさか今日の出来事だったとは思わなかった。Hはゆっくり辺りを見渡しながら、びくびくしながらこちらへやってきた。
「よろしく」とおれは立ち上がり、手を出した。最近覚えた握手だ。けれどHは怖がって長い袖から手を出すことは無かった。
「どうした?」
「あの、えと、……よ、よろしく、お、お願い、します」
これから共に戦うであろう仲間なのに、どうしてここまで怖がるのだろう。
おれが何も分からないでいると、Eが立ち上がり、Hの元へ。そしてそっと抱き締めた。
「え?」
「大丈夫、怖くないよ」
Eが優しげな表情で、優しくHの背中を撫でた。初めて見た表情だ。Eもあんな顔をするんだな、と暢気な事を考えた。
「よろしくね、H。君はIやEと同じ訓練生だから、二人に案内してもらうと良いよ」
「ど、どういう、ことですか?」
「例えば、ナンバーの1~10があるとして、1~5は新卒者、6~10は新入者って感じの考え方をするんだ。若い数とそうでない数で見分ければいいんだよ。例外もいるけれどね」
そう言ってEの方を見た。
「Eのナンバーは0120オーイチニーオー。寮の部屋がIと同じだから、新入者って扱いかな。Hはご覧の通り、新入者だし。寮はきっと同じだと思うよ、空き部屋と一人部屋を見た事がある。掃除担当の時にね」
「Cはすごいな、物知りだなあ」
「はは、そんな事無いよ。ほら、とりあえずHはご飯食べようね」
「え? う、うん」
Hがご飯を食べ終わり、おれとEで寮を案内する事にした。おれのとき、Eが案内してくれたから、今度はおれの番だと思い、Hに自信満々で案内をした。医療部屋と倉庫の番人に会うと、怖いようで、ずっとおれの後ろに隠れていたが。医療部屋はまだしも、倉庫の番人には慣れてもらわないと困るかもしれない、と思った。
「あの、今日はありがとう、ございました。明日から、えっと、よろしくお願いします」
と丁寧にお辞儀をされたのでおれもぺこりと頭を下げた。
「あの、えっと、私の部屋って……」
すると、少し離れた場所から「あれ?」と声が聞こえた。
「你好ニーハオ!」
こちらを見つけたようで、元気良く手を振っている。男が歩いてきた。にー、はお?
「认识你很高兴レンシニーヘンガオシン!君に会えて光栄だ」
そう言ってHの手を取った。まさか、同室の相手?
「え、えっと、中国の、方?」とHは聞いた。
「そうだよ! よろしくね、名前は?」
「えっと、H、」
「Hね!僕は、あー……Z!Zと呼んでくれよ!」
始終、笑顔で元気でマイペースな、よく分からないやつだが、おれには分かる。こいつ、殺人鬼だ。血の匂いがする。いや、殺気と言うか。とにかく、犯罪者の臭いがする。おれと同じ、においだ。
「お」
Zがおれにようやく気付いた。Hの近くにいたのに気が付かなかったのか?
「やあ」
「……ああ、」
「君は?」
「I、だ」
「Iくんかあ、よろしく!」
ずっと笑顔の変な奴。しかし、一瞬だけおれを見定めるかのような鋭い目つきで睨んだ。糸目のせいで余計に恐怖を煽られる。
「僕の部屋と同じみたいだ、H。部屋まで案内しようか」
「あ、ありがとう」
「じゃあね、またあとで」
Eの事には触れなかったな。どうしてだろうか。
「不思議な人」
Eはそう呟いた。
「なんで、Eのこと見えてなかったのかな?」
「眼中にないって事かしら、それなら、それでいい」
少し寂しそうな顔をして俯いてしまった。今日は午後の訓練がある。それまでに準備をしなければならない。とりあえず仮眠をしたいな。それから、訓練用の武器の手入れをしよう。
「E、部屋に戻ろう」
「……うん」
部屋に戻る間、いや、戻ってからもずっと元気が無かった。
「H、君はここに連れて来られた一人?」
「うん、そう、みたい」
「ふうん。僕は、蛇の誘いを一度断ったんだ」
「え?」
部屋に戻り、Hに寮の話や軍団の話をして、二人で各々のベッドに座ってから、話し始めた。何故なら、彼女の事をもっと知りたいから。何故かは分からないが、異常に気になった。
「どうしてか、悪魔のささやきに聞こえたからさ。でも、信じちゃいなかった。だから、賭けをしたんだ。どっちが面白いかってね」
「どっちって?」
「地獄か、こっちか」
「どうして、地獄なの?」
おっと、それを聞かれるとは。
まあ、隠す必要はない。何故なら彼女には関係のない話だから。
「僕は、殺人鬼だったからさ」
僕がそう言うと、彼女の顔は一気に青ざめた。と思うと、ふるふると体を震わせた。殺人鬼、というだけでそんなに怖かったか。怖がらせてしまった。
あの時と一緒だ。
少女を怖がらせてしまった。情けない。
「ごめんよ、怖がらせてしまったね」
「……う、ううん、だ、大丈夫」
自分を抱きしめ、怖くない、怖くないと言い聞かせている。元々臆病なのだろう、それが犯罪者相手だと分かったから余計に怖くなってしまっただけ。ただそれだけの話だ。
「君は、どうしてここへ?」
「あの、蛇に、誘われたの」
「やっぱり、アレって悪魔なのかなあ」
「悪魔?」
「いるとは思えないけれど、現状が物語っているからね。信じざるを得ない」
「……」
時節、彼女はマスクが苦しいのか、緩めようとして肌とマスクの隙間に指を入れているのを見た。僕は立ち上がり、彼女の横へ座った。
「へ!?」
Hは驚き、離れてしまった。
「ああ、えっと、マスクの調節をしてやろうと思って、ごめんよ」
「あ、えっと、私こそ、ご、ごめんなさい」
勘違いをしたと思ったか、顔を赤らめ、こちらへ歩み寄り、元の場所へ座った。大人しく手は自分の膝に置き、僕に委ねてくれるようだ。その方がやりやすい。マスクは大体、頬の所に調節できる物が付いているから、それを少しだけ緩めてやる。
「どう?」
「あ、だ、大丈夫です。あ、ありがとう、ございます」
「よかった」
笑いかけてみせると、Hは、微かに笑ってくれた。
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